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どこにいる
勢いよく飛び来んだものの、岩穴の中は無抜けの空だった。
「兄貴、いないぞ」
「あぁ、でもここはロウの家に違いない」
弟が鼻をクンクンとひくつかせる。
「微かに感じるな。俺達と同じ匂いを感じる。かなり薄まっているが、アイツはまだ狼でもある」
「あぁ、にしてもこの部屋は……まるで人間が住んでいるようだぜ」
見渡すと、本当にまるで人の住居だ。
テーブルクロスのかかった机。藁の上にシーツを敷いた寝床。
頭上の棚の上には、布が畳まれていた。
「グルルー」
弟がそこに飛び乗って布を引きずり下ろすと、人間の大人の服と赤ん坊の服だった。
「一体どういうことだ? これ」
「まさか……ロウは人と婚姻したのか」
「まさか! 狼の顔を受け入れる人間なんているはずがない。ロウが半分人の躰を持っていたとしてもありえない。アイツは狼よりも不気味で、人間より不気味な出来損ないだ! 人でもない、狼でもない中途半端な化け物だ! 」
込み上げてくるのは妙な焦り、妙な怒り。
弟と二人で、その衣類を牙で全部ビリビリに引き裂いてやった。
ロウよ……お前は狼を捨て、人間に成り下がったのか。
とにかく早くこの眼で確かめねば!
お前が今、どこで何をしているのか。
ここで待っていれば戻ってくるのか。
それとも何かを察知して逃げたのか。
あの人の服の持ち主は誰だ?
お前にとってどんな存在なのか。
「とにかく、ここにはいない! 探しに行くぞ!」
「おう!兄貴、あの牛は食っちまう?」
「いや、探すのが先だ」
****
トカプチの街と森との境界線にある大きな樹に、オレはすぐによじ登った。
「あそこか……」
樹の上からは、トカプチの実家がよく見えた。
トイを抱っこして家の扉を勢いよく開けるトカプチの背中がちょうど見えた。そして、そのまま姿が見えなくなってしまった。
暫くすると、煙突から白い煙がモクモクとあがり、美味しそうな食べ物の匂いが樹の上までも届いた。
オレはそんな光景をただただ……ひとりで、ぼんやりと眺めていた。
入り込めない、あそこには。
オレだけが……
またオレにだけ冷たい風が吹いて来る。
風に吹かれた胸の毛が冷たく冷え、凍えそうだ。
季節は初夏を迎えようとしているのに。
こんな気持ち感じたことなかった。
この気持ちはなんだ? 心が満ち足りず……もの寂しいのだ。
「おーい!ロウ、どこだ?」
視界が滲むので目を伏せて時間を止めていると……突然トカプチの声がした。地上を見下ろすと、トカプチが俺を探していた。
「ロウ……どこ?」
不安そうにオレを呼んでいるので、慌てて飛び降りた。
「どうした?」
「わっびっくりしたよ」
「トカプチ、何かあったのか」
「何もないよ。ほらお前に昼ごはん持ってきた。俺が作ったんだ」
トカプチは大きな包みを抱えていた。そして胸元には……
「それは?」
「俺の妹のノンノだよ」
「お前も会いたいと思って、ちょっとだけ連れて来た」
トカプチの胸元には、なんとも愛くるしい花のような赤ちゃんが眠っていた。
「可愛いな……女の子か」
「あぁトイとはまた違うんだな。なんていうか抱っこするとやわらかいんだ」
「へぇ」
「ロウも抱っこしてみろよ」
「オレはいい」
「いいから、抱けって」
「う……」
さっき胸元が冷たくなっていたので躊躇したのだが、トカプチが来てくれた途端、そこは乾いてフサフサに戻っていた。
「ほら」
「わっ本当だ。柔らかいな」
トカプチの妹……まっすぐに血を分けた肉親か。少しその存在が羨ましくなると同時に、愛おしくなった。
「キャッ……キャッ!」
小さなノンノが笑う。赤ん坊の小さな手がオレの胸の毛を引っ張る。か弱い力なので痛いというより……
「くすぐったいな」
あたたかな気持ちが満ちてきて、嬉しくなった。
「あーノンノ、笑ってるな。ロウが気に入った? でもロウはお兄ちゃんのモンだぞ」
そう言いながらトカプチの方から、甘いキスをしてくれた。
トカプチは俺をいつもこうやって、あたためてくれる存在だ。
俺が人知れず不安で震えていると、いつもさりげなく寄り添ってくれる。
「ロウ、一緒に食べよう。ひとりで食べるのは寂しいだろう」
「トカプチはせっかく帰省したのだから、両親と食べてくるといい」
「うーん、半分食べて来た。久しぶりに人の食事をしたよ。両親は今頃トイに夢中だよ。ロウ……聞いてくれ」
「なんだ?」
トカプチが真剣な顔になる、今度は何事だ?
「ロウは将来 誑しになりそうで心配だ。とにかく愛嬌があって人を魅了するんだ。俺に似ていると思ったけど、ロウに似ているのかもな」
「はははっ、何を言うかと思ったら」
「おい、笑うなよ、話がずれただろう。もうっ親として真剣なんだから」
「大丈夫だ。トカプチには永遠にオレがついているだろう」
「俺も……ロウが好きだ。その……少し、こっちも飲むか」
トカプチが頬を染め……蠱惑的に誘ってくる。
「いいのか」
「ノンノもいるから……今は、ほんの少しだけだぞ」
トカプチを切り株に腰かけさせ、オレはその向かいにしゃがむ。
辺りを見渡し、誰もいないことを確かめる。
オレの躰でトカプチを隠すようにしてから……
そっと彼の衣類の袷を左右に開き、淡い乳首を露わにした。
先端から白い雫が浮かび、ぽたりと垂れそうになっていたので、舌先で掬ってやった。
「あっ……う……っ」
それから平らな胸に吸い付いていく。
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