1章 『しあわせ家族』 どうして

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1章 『しあわせ家族』 どうして

 岩場の壁にもたれたトカプチが、暗い溜息をつく。 「どうした? 今日は沈んでいるな」 「なぁロウ……どうして俺のここには、次の赤ちゃん、なかなかやってこないのかな?」  ペタンコの腹を何度も擦りながら、トカプチが呟いた。 「なんだ! そんなこと、また気にしていたのか」 「そんなことじゃないよ! 先月も今月もやってこなかった。今月こそはと期待していたのに。母さんたちにはあっという間にやってきたのに……欲しいと思ってから結局一年も経ってしまったよ」 「……それはそうだが」  トカプチが責めるように問いかけてくるが、オレにもそれはよくわからない。何故ならオレは両親から何も学んでいなかったから。  『完獣の世界に生まれ落ちた半獣』  『出来損ないの災いの元凶』  生まれた瞬間から、両親以外の周りから忌み嫌われる存在だった。  両親だけはちゃんと愛してくれたが、父はオレを庇い仲間に命を奪われ、群れから逃げ出した母は、オレに食べ物を与えるために凍える大地で餓死してしまった。  幼いオレだけが凍える大地に取り残されたのだ。  母が亡くなり生き方が分からなくなり、あてもなく彷徨い歩いた。  だが半分人間だからと人に受け入れてもらえるわけもなく、厳しく追われ……完獣界でも蔑まれ、結局この植物も凍る大地で半分凍ったまま、ずっとひとりで生きて来た。トカプチと出会うまでは。  オレはトカプチのように『教育』というものを受けていない。   『お前はアルファといタイプで、番になるオメガを探し出せば、ひとりぼっちから解放されるかもしれない』森の長老から言われた言葉だけが、俺が受けた教育だった。  知っていたのはそのことだけ。  後はただ本能のままで行動してきたのだ。  どうやったらまた子供をまた授かるのか、オレに聞かれても分からないのが本音だ。  トカプチは、負けず嫌いな性格だ。  その眼にはキラリと光るものを見つけ、オレの胸の奥がキュっと傷んだ。  これをトカプチの国の言葉で『切ない』と言うそうだ。 「こっちに来い、トカプチ」 「ロウっ」  手を広げてやるとトカプチがオレの胸に飛び込んで来た。  半獣であるオレの胸元の毛に頬をすり寄せ、気持ちよさそうに目を閉じた。 「あぁモフモフで相変わらず気持ちいいな。ここが落ち着く……さっきはごめん。ロウとトイがいてくれるだけで幸せなのに、焦って……」 「何故、焦る?」 「だって……お前に家族をもっと沢山つくってやりたくて。ずっとひとりだったから寂しいだろう。狼って本当はもっと兄弟がいるよな」 「さぁどうだろう? オレの母親はそんなこと、一言も言っていなかったが」 「もしかしたらお前にも、兄弟がいるのかもしれないよ。血を分けた……」 「そんなことはどうでもいい! オレにはもう家族がいるのだから」  オレはトカプチのほっそりとしなやかな躰を、きつく抱きしめた。 「トカプチ、もう余計なことは考えるな」  優しくトカプチのサラサラな髪を、人間らしくなった指で何度も何度も梳いてやった。 「お前は人に近づいて、ますます優しくなったな」  
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