しあわせ

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しあわせ

「本当に……この地は変わったな」  トイを抱っこしたロウが先頭を切り、俺達は久しぶりに険しい岩場を下りて、眼下に広がる青い草原にやってきた。 「青・緑……今までにない色で溢れているな」  ロウに攫われ連れて来られた時は、一面、氷の世界だった。吐く息すらも凍りそうな荒廃とした大地で、とても人が住める場所ではなかった。  だが……ロウの毛皮の氷が解けるのと同時に、凍った雪や氷は解け……褐色の大地が姿を現した。そしてその大地には、いつの間にか草原が広がっていた。 「ロウ、足元が滑らないのは助かるな。前は天然のスケート場みたいだったよ、ここ!」 「『スケート場』? なんだそれは?」 「えっと氷の上を滑って遊ぶんだよ。わざわざそれ専用の靴を履いてね」 「なるほど、面白いのか」 「あぁ俺は得意だったよ」 「ふぅん……残念か。氷がなくて」 「いや、足を踏みしめられていいな。ちゃんと立っている、歩いているという気分になるよ!」  しかし青く長い草が足にあたり、くすぐったい。ロウも不思議な感覚で、面映ゆい表情をしていた。  お前……本当に、いろんな表情するようになったな。愛しくて思わず目を細めてしまう。 「トカプチ、この草はなんという名だ?」  最近のロウは知りたがり屋だ。  しゃがみ込んで足元の草をじっと見ると、茎は長く地を這い、小さな3枚の葉が集まった葉と故郷でよく見慣れた白い花が立ち上がっていた。 「父さんは牧草だって言っていたけど……あ……これって、なんだシロツメクサじゃないか」 「『シロツメグサ』?」 「ふつうは小さな葉が3枚だけど4枚の物もたまにあって、見つけると『しあわせ』になるという言い伝えがあってね」 「『しあわせ』……それは、なんだ? オレも持っているか」 「もちろんだよ。そうだな……お前がいて俺がいる。そしてその間にトイがいる。これを『しあわせ』というんだよ。ロウ……」  そう説明すると、ロウにふいに唇を奪われた。  誰もいないのだから、気にしなくてもいいのだが、やっぱり外でするのは気恥ずかしくなる。 「パパ~ママぁ、ボクもちゅっちゅ……すき」  それを見ていたトイも自分にもしてくれとほっぺたを膨らましたので、俺達はトイの両方のほっぺたに口づけしてやった。 「わぁああ」  トイの笑顔が弾けると、俺達の笑顔も弾ける。 「トカプチ、しあわせだな」  ロウが覚えたての言葉を使ってくれるので、嬉しくて大きく頷いた。 「あ……牛が草を食べているぞ」  ここには、1年前にアペがお祝いにくれた番の子牛も一緒に連れて来ていた。美味しそうに牧草を食べる様子に『食欲』というものを感じた。  牛たちも……この1年でだいぶ成長した。  岩場の草ではもう追い付かないな。  この牛たちにも、もっと十分な食事が必要だ。  やはり何か……俺たちの手で育て始める時が来たようだ。  
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