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2020年4月某日。私は買った。
CAPTAIN・STAGのアルミロールテーブル、2180円なり。
なにを大げさな、2180円ぽっちの買い物で火垂るの墓のオープニングみたいに。と思われた方もいらっしゃいましょうが、この買い物は私にとって、かなりの決意が必要だったのであります。
ルイ・アームストロング風に言うと「この一歩は小さいが私にとっては大きな一歩だ」であります。
「あの、ちょっと。」
お風呂も歯磨きも終わり、あとは寝るだけになって、私は布団の上に胡坐をかいて座り、そこへ妻を呼びつけた。髪をついさっきドライヤーで乾かし終えたばかりの妻は、熱気を含んだ頭に外気を取り込むように髪を束で持ってバサバサしながら、私の目の前に座った。
よし、言おう、と、口を開きかけたところで、妻が先に言葉を発した。
「なにか、おねだりですか?」
私は口をパクパクさせるだけで何も言えなかった。
そして、その数秒の沈黙を悔やんだ。今、黙ることによって次の一言が重くなってしまう。
「いや、ふと思いついたんだけどさ。」
私はなるべく軽い感じで話し出すように努めた。
「普通に歩道を歩いていて車が突っ込んで来るかもしれないし。南海トラフの地震もいつ来るかわからないし。」
「はあ。」
「考えたりは、すると思う。妄想みたいなやつで。でも、それはあくまで妄想。命の危険までは感じない。そんなに。」
「はあ。」
「ところが、今は、得体の知れない新型ウイルスのせいで、ゾワゾワするぐらい命の危険を感じるよね。」
「えっと。」
妻はゆっくり目をつぶり、感情を抑えるように息を整えた。
「つまり、なにが言いたいわけ。」
「いや、つまり、」
「いつもそう。前置きが長い。そんなに高いものをおねだりしたいわけ?」
やっぱりさっきの沈黙がまずかったか。私は再度悔いた。
「で、なに?」
「いや、だから、命の危険を目前にして考えるに、」
「はい、おやすみ~。」
「あ、ごめん。すいません。サッと言います。」
シミュレーションしていた話し合いと展開が違う。なんだか嘘をついてゴメンナサイみたいになってきた。
「あの、やりたいことがありまして。」
「はい。」
「ソロキャンプがやりたい。」
「キャンプ。」
「はい。いや、キャンプはキャンプでもソロキャンプをやりたい。」
「ソロ。」
「はい。」
妻は深くため息をついた。私は慌てて補足した。
「いや、もちろん、自分の小遣いを貯めて、それで道具とかを揃えるつもりで、家計に負担をかけません。」
「そういうことじゃなくて。」
妻は失意の表情を変えずに話した。
「前置きから、何を言いたいのか分かった。つまり、新型ウイルスからの緊急事態の世の中にいて、やり残したことを思いついたと。」
「はい。」
「それが、ソロキャンプ?」
「はい。ソロキャンプがしたいです。」
「ファミリーキャンプじゃなくて?」
「ファミリー?」
「家族を置いて、一人でキャンプ?」
いつもそうだ。妻と話し合いをすると、いつも予期せぬ角度からダメ出しが入る。
「あなたはいつもそう。自分ばっかり。自粛で大変なのはあなただけじゃないの。娘は学校もなく三月から家にいるのよ。そのストレスを考えたことあるの?」
ぐうの音も出ない。
「だったら自粛が解除になったら家族でどこか行こうと考えなさいよ。」
「いや、それはもちろん。それが第一。」
「じゃあどうするの?」
なんだか仕事でどうやって営業をかけるつもりなのか、詰められているみたいになってきた。
「えーと、その。」
「家族で旅行でしょ。どこ行く。」
「えーと、千葉の、」
「千葉の?」
「えーと、夢の、ランド…。」
「じゃあ、それにかかるお金はどうする?」
「えーと、仕事、頑張る。」
「もう仕事は頑張ってるよね。仕事を頑張っても給料はすぐに増えないよね?」
「えーと、お小遣いを…、」
「小遣いを?」
「減らす…。」
「なくす。」
「え!へ、減らす…。」
「なくす。」
「…、なくす…。」
「はい。わかりました。」
身包み剥がされた。妻にバレないようにギュッとシーツを握りしめた。
「じゃあ、おやすみ〜。」
「え!ちょっと!」
話は終わりと妻は自分の布団へ潜り込んだ。
「あの、ソロキャンプの件は?」
妻は私に背を向けたまま答えた。
「あ、お好きにどうぞ。」
「いや、その、お小遣いナシだとできないんだけど。」
妻はムクっと上半身を起こすと、キビしい視線をコチラに向けた。
「どうせソロキャンプとか言い出したのも、アニメの影響でしょ?」
「いや、まあ。」
「興味持って、飽きて、興味持って、飽きて。あなたって本当に飽き性ね。」
妻は部屋をぐるっと見回した。
「ご覧なさい。ギター、スノーボード、エクササイズマシーン、今も使っているやつ、ある?」
ぐうの音も出ない、パート2。
「どうせ、今回もやり出してすぐ飽きるんだから、そんなことにお金を出すだけ無駄。」
「こ、今回は違う!人生を顧みての決断だから。」
「そんなに言うなら、その熱意を見せてください。」
「熱意?」
「お金のないところから、どうやって、その夢を実現するのか。やって見せてください。」
「えー。どうやって、そんなこ」
「おやすみ〜。」
妻は再び横になった。
もう話はついてしまった。言い返すことは出来なかったのは、今までの経験から、今回も妻が正しいのだろうと直感しているからだ。
私も布団に入った。しかし眠れなかった。悔しかった。飽き性の自分が悔しかった。暗闇の中、ギターやスノーボードが面目ねえとばかりにシュンと佇んでいた。
よし、と、妻を起こさないようにゆっくり寝室を出るとリビングでスマホ片手にキャンプ理想図を書き始めた。自分がソロキャンプをした姿を想像して、その様子を書き出した。そして、ソロキャンプに何がいるのかをピックアップした。
テント、寝袋、ガスバーナー、椅子、テーブル、食器、ランタン、虫除け線香、エトセトラエトセトラ。欲しいものを上げればキリがなかった。
最低必要なものだけ数えても3万円はいる。
小遣い三ヶ月分だ。それももう支給されない。
「ソロキャンプやめようか。」
と一瞬思ったが、そういうところが飽き性やっちゅうねん!と思い留まった。
なんとかしてキャンプ用品を買わねば。しかしどうやって。
元手がかからず、今やれることでお金を稼ぐ方法。と、ここまでこの話を書いてきて閃いた。
「そうだ。今書いてるこの日記みたいなものを、小説としてコンテストに応募すればどうだろう?」
私は試しにエブリスタのサイトをのぞいてみた。そこにうってつけのコンテストがあった。
「ショートエピソードコンテスト、思い切って買ったもの/売ったもの」
これだ!
今の自分にピッタリすぎるコンテストだ。大賞は賞金5万円、準大賞でも3万円だ。
イケるのか?このようなコンテストは、それこそ小説の才能ある人が大勢参加するぞ。不安は当たり前のように湧いてきた。しかし、なんだか自信があった。その根拠は、
「このタイミングでこのコンテストを見つけた!」
私は神のお導きを受けた気がしてならなかった。
あとは、退路を断たねばならない。背水の陣を構えねばならない。
そうして、冒頭でお話ししたアルミロールテーブルをネットで注文した。
「よし、買ったぞ。明らかにキャンプで使う用のテーブルを買ったぞ。」
もう後には引けない。
小遣いを取り上げられる今、自由になるお金は2500円しかなかった。
2500円のうち、2180円を使った。これから小遣いはないので、このへそくりを使うことは自殺行為だ。しかし、すべてを投げうってでも、今このテーブルを買わないといけないのだ。買うことがソロキャンプへの意気込みを示すことになるのだ。そして、何が何でもコンテストに入賞しなければならないというプレッシャーになるのだ。入賞に向けての努力の糧となるのだ。
さて、この最後の一行を書き終わったら、コンテストに応募するとしよう。
ーおわりー
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