第5話 秘密の第二ボタン

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第5話 秘密の第二ボタン

「もうすぐ友梨の誕生日なんだ。プレゼントはもう用意してあるんだけど、何かいまひとつインパクトが足りないっていうか、もっとこう思い出に残るようなことしてあげたいっていうか――それで思いついたんだ。渡せなかった第二ボタンをあげようって。別に今さらあいつも欲しいだなんて思ってないだろうけど、あのときの気持ちも忘れて欲しくないし、俺も忘れたくないから。どんな過去でも意味のないものなんてないと思うから、俺は。」  そう話す宮部くんを私は素敵だと思ったし、それを聞いて本当に安心した。すべてが杞憂だったことが証明されて――ない!まだ大事なことを聞いていないことに気づき私はすぐさまコメントをする。 「じゃ、じゃああの女の人は誰なの?」  私の言葉を聞いて飯村くんも同じ気持ちだったのか、前のめりになって宮部くんの解答を待っていた。 「あーあれは、ただの幼馴染。あいつん家クリーニング屋なんだよ。昔っから無料でやってくれててさ、でも店の場所が友梨の家のすぐ近くだから見られてもしバレたらかっこ悪いと思ってわざわざこっちまで来てもらってた。けどまさかそれを友梨やお前らに見られてるとはな。」  そう言って宮部くんは恥ずかしそうにまた頭を搔いた。私たちは完全に謎と誤解が解けてすっかり体の力が抜け落ちた。二人してラウンジの椅子にぐったりともたれている姿を見て、「で、お前らは付き合ってんの?」と当たり前のように聞いてきた。  付き合ってるかと聞かれると、お互い付き合ってとも言っていないし付き合ってない気がして、私がどう言葉を選ぼうか迷っていると、「付き合ってるよ」と飯村くんもまた当たり前のように返した。私は顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。気になる人ができたときに誰かにそれを言ってしまうと、途端に恋に変わってしまうのと同じで、宮部くんに付き合っていると伝えたことで余計に飯村くんを意識してしまう自分がいた。だけど嬉しかった。彼と恋人になれて私は幸せだと思った。  帰り道に私たちは三人で宮部くんの中学校に行った。どうしてそうなったかというと、飯村くんが行きたいと言い出したからだ。そうはいっても私たちは学校関係者でもないので外から見ているだけだったが、サッカー部の顧問の先生が宮部くんの恩師だったらしく彼は呼ばれてグラウンドへと姿を消した。宮部くんが戻ってくるまで私たちはフェンスの横に腰を下ろした。 「中学の記憶、まったくと言っていいほどないから見てみたかったんだ。もしかしたら何か思い出すことがあるかもしれないし。本当の自分探しに来たかったんだ、琴音ちゃんと一緒に。」  照れ臭そうにこちらを向いて彼はそう言った。さらに彼は「意味のない過去なんてない」と付け足した。たしか宮部くんが言っていた言葉だ。 「宮部くんが言ってたね。うん、私もそう思うよ。どんな過去でも今があるのはその過去のおかげなんだって、そう思えば前に進める気がする。私―――」  匠真の話をしようとしている自分に気づいて咄嗟に口を噤んだ。不思議そうに見つめる彼に、違う言葉を選んで続ける。 「私前に過去から抜け出せないって言ったけど、抜け出せずにいた過去があったから今こうして匠真くんと一緒にいられるんだって、今は思ってる。だからどんな過去でもやっぱり意味があるんだね。」  匠真の話は伏せて私はそう彼に伝えた。彼は遠くを見つめながら小さく「うん」と呟いた。それから彼は何も言わずにただずっと遠くの空を眺めていた。しばらくして宮部くんがフェンス越しに現れて「ごめん、これから試合することになったから二人先に帰ってていいよ」と両手を合わせて謝ってきた。それを受けて私たちは学校を後にした。  後方から照り付ける西日が眩しくて、帰り道はあまり彼の顔を見ることができなかった。なので途中彼が突然歩くのをやめたことに気づくのが遅くなってしまった。私が振り返ると、彼は足を止めて片手を握りしめて顔の前にかざしていた。 「匠真くん―――?」  後ろを向くと眩しさで目を大きく開くことができなかった。 「第二ボタン――俺、第二ボタンを誰かにあげたんだ。」  相変わらず片手を握りしめてその手を見つめながら彼は話し出した。 「それがいつだったのかも、誰にあげたのかも思い出せないけど――だけどこの手で誰かにこう――」  そう言って彼は握りしめた手を前に突き出し、そしてそっと手を開いた。それはまるで本当にそこに誰かが立っていて彼から何かをもらっているようだった。私は眩しさに耐えきれずぎゅっと目を閉じた。そしてその瞬間(とき)彼が言った。 「そうだ、ずっと握りしめてたから皺になってたんだ。たしか――」  目を開けても眩しさで彼の顔はほとんど見えなった。駄目だ、やっぱり眩しい。私はもう一度目を瞑る。そして彼の言葉に耳を傾ける。 「たしかそう――薄いピンク色の小さな紙袋。俺はそれに第二ボタンを入れた。」
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