第25章 どうしたら彼を抑えつけてる箍が外れるんだろう。

3/10
前へ
/19ページ
次へ
意外と探偵とか、適性があるのかな。まあでも一番の要因は。彼が誰かに見られててあとを尾けられてるかも、なんて全然思い浮かびもせず警戒もしてなかった、それに尽きると思う。 そりゃそうだよな。これは浮気でも不倫でもないわけだし。 彼はわたしなんかより圧倒的にコンパスが長い。当たり前だけどこっちにペースを合わせる必要もないから容赦なく速足だ。何とかその背中を見失わないよう慌ただしく足を運び出しながら心の中で自問自答した。 彼からしたら、今の彼女(つまりわたし)に知らせずに隠れてこそこそ元彼女の家に訪問するわけでもない。ちゃんとそのことについては事前に断りを済ませてる。 思えばそこに出入りする理由についてだって。自分の血を分けた子どもがいるから、親戚みたいに家族ぐるみの付き合いを続けてるんだってわたしの方も最初から承知してるわけだから。 たまたまの巡り合わせでとはいえ、二人が将来恋人同士になるとはお互い思いもしない段階でその話を共有することになった。わたしとしてはずいぶん後で事実を知ってショックを受ける必要もなくなったし、それ自体は結果よかったのかな。 出会う前のこととはいえ、実は前に付き合ってた女性との間に既に子どもがいるんだ。とか関係が深くなってからいきなり知らされたら。やっぱりそれはそれできついと感じるのかもしれない。 まあそんなわけで、彼としては元彼女の一家と自分の子に会いに行くのに後ろめたい思いをする理由は何もない。背後を誰かがこっそり尾けてきてるかも、なんてそりゃ本当に心底想像もつかないはずだった。 てことは彼に隠れてこんな風に黙ってあとを尾けてるわたしの方がおかしいのか。それはそうだな。雅文くんは何一つ悪くなんかない。新居を構えた一家をお祝いしがてら久しぶりに自分の子に会いに行くだけ。 なのに彼らの住む家を特定して、何とか彼女の現在の様子を伺おうなんて。一体わたしはどういう衝動に駆られて、わざわざこんなことしてるんだろ? わたしにはこれまであまり縁のなかった沿線。落ち着いて環境のいい、住みたい駅としてよく名前の上がる人気の高いエリアだ。こういうところに住んでるのか。 何となく雅文くんやわたしの住むがちゃがちゃした街に較べると、こっちは堅気で生活レベルの充実した人たちが住む環境ってイメージが…。まあ、あっちはあっちで別に。あれで全然いいんだけど。 わたしはすっかり馴染んだ職住近接の街を脳裏に思い浮かべた。ライブハウスと通い慣れたバーがあって、身軽な単身者には住みやすい土地。ファミリー層にはちょっと騒がしくて落ち着かなくて不便なところもあるだろうけど。わたしや雅文くんみたいなフリー(に近い)立場の、ちょっと職業不詳な人間が二十四時間うろうろしててもあんまり違和感がないって意味で、結構居心地いいところだと思う。 だけどそれもわたしたちが気ままな独身者同士だからなのか。もしこの先いつか彼の気が変わって、わたしと入籍してくれることになって。子どももできてごく普通の家族になったら、やっぱりこういう閑静で落ち着きのある住宅地に住みたい、と思うようになるのかな。 それは正直否定しきらない。と彼のあとを引き続き尾行しつつ思う。 あんまり接点がなかったから知らなかったけど、住みたい沿線人気上位を誇るその辺りは、事前に想像してたより気取らない、気さくでのんびりした雰囲気だ。 駅前にもお洒落でハイソな人たちが溢れてるのかと思ったけど、飾らない普段着の老若男女がそぞろ歩いてて彼らにとってはただの生活圏、といった様子。子どもたちもただチャリで友達んちに向かう途中としか見えない自然体だ。商店街もよそ行きじゃなくてここで暮らす人のためのものを昔から売ってる、って感じだし。 駅前はそんな風に賑やかだけど、少し歩くとあっという間に静かな住宅街だ。大きなマンションもところどころあるけど結構普通の一戸建てが多い。こんなとこ、買ったらすごく高いだろうな。中古の出物があったとは言ってたけど、わたしなんかの収入じゃとても…。 さすがはパワーカップル。駅から徒歩十数分程度でその家は姿を現した。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加