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第一章/第五節 シンシアリー
「どうかな。納得した?」
サクラの大樹をぐるっと一周した。この街は、片側半分が海に面し、もう半分は森に面していた。海も森も、果てが見えないほど続いている。船の一つも、道の一つも見当たらなかった。
「ここは……どこなんだ?」
「えと……答えてあげられなくて、ごめんね。わたしたちは、もうずっとこの街だけで暮らしているから」
さて、どうしたものか……。
造船技術が発達していないなら、船での脱出は難しい……。船がないなら航海技術も発達していないだろう。
なら森か? 地道に森を探索して道を作る? 駄目だ……どれだけ時間がかかるかも分からない。どこに次の街があるかも分からない……。
「突然のことで戸惑ってるよね。一度、ゆっくり休んだ方がいいと思う」
「そう、だな……」
こんなところで立ち止まっている場合じゃない……。でも、どうしようもないのが事実だった。
「良かったらウチに来る? そんなに広くないけど、泊めてあげる」
初対面の人間をタダで泊めるなんて、考えられない話だ。何か裏があると考えるのが自然だろう……。しかし、俺が持っているものは、ここの住人にとって価値のないものばかりだ。襲っても仕方がない。それに、ゆっくり休みたいというのも事実だった。加えて言うなら、この街の住人のお人好しさというのを、感じ始めていた。
「……いいのか?」
「もちろん。じゃあ行こっか」
女が歩き出すのについていく。女じゃ分かりにくいな。
「あんた、名前は?」
「……リサ。リサって言うの」
「リサね」
呼びやすい名前だ。
「君は?」
「アリオ」
「ふーん。じゃあ、リオ。リオでいいでしょ?」
「なんだそれ」
「だってアリオって呼びにくいじゃない。ね、いいでしょ?」
「……いいけど」
変な女だ。
少し引っかかったが、良しとしよう。
簡単な街の案内をされつつ、リサの家に向かった。
「ここか?」
「うん、どうぞ」
やはり白色の石灰だった。そういえば、こんな場所に行ってみたいと思ったこともあったな……。
「今からごはん作るから、居間でゆっくりしてて」
「ああ」
居間からは、橙色に染まる海が一望できた。こんなきれいな海は見たことがなかった……。
ベランダに出ると、小さなテーブルを挟んで、椅子が二つ置いてあった。
片方の椅子に座って、徐々に色を変えていく景色をぼんやりと眺めた。
潮騒の音。包丁がまな板を叩く音。
ああ、これは……寝るな……。
――
「――オ、リオ」
「あ? ここは……?」
「わたしの家。ごはんできたよ。冷めないうちにどうぞ」
「ああ……」
食卓には、魚介と野菜を中心とした料理が並んでいた。
「これ、一人で?」
「うん、そうだよ」
「おう……なんか豪華だな」
「君の歓迎会を兼ねてるもの。座って座って」
席についた。どれも美味そうに見える。昼間食べたパンだけじゃ足りはしないと胃が主張している。
「さぁ召し上がれ」
唾を飲み込む。じゃあ、この魚を焼いたヤツから……。
「……」
「ど、どう?」
「…………うまい。うまいよ」
あの船のディナーよりも、これまで食ってきた、どんな料理よりも……。
「ええっ!? 何も泣くことないじゃないっ」
「泣いてない。それよりリサも食えよ。なに人が食べてるのを見てるんだ」
「食べるけど……本当に、美味しいってことでいいんだよね?」
「ああ」
「~っ♪」
なにニヤニヤしてるんだ。やっぱり変な女だな。
「食った……」
「こんなにきれいに食べてくれて、嬉しいよ」
こんな美味い料理を食わされて、嬉しいのはこっちなんだけど。デザートまであって、満足感に満たされていた。
「……なぁリサ」
「うん?」
「その……考えたんだけど、俺、ひとまずガトーを溜めようと思う。今すぐこの街から出られないなら、ここに住むことになる。ガトーは生活に密接に関係してるものなんだよな? それに、ガトーを溜めることで、この街から出られる可能性が見えてくるかも知れない……今は、それが何か分からないけど……」
「リオ……。うん、いいと思う。わたし、応援するよ」
「問題は、どうやってガトーを得るかだな」
「リオは、前に何の仕事をしていたの?」
「新聞を作っていたんだ」
「新聞?」
「新聞っていうのは、みんなが関心を持つような出来事を紙にまとめたもので、これをたくさん刷ってみんなに配るんだ」
「ふーん。でも、この街の出来事や噂話はすぐに広がっちゃうから、新聞はあんまり喜んでもらえないかもね」
「そのようだ」
俺の話も一瞬で広まったようだからな……。
普通、新聞はネガティブな話題を積極的に採用する。その方が売れるからだ。けれど、ガトーを多く得る、つまり、人々を本当に喜ばせようとするためには、ポジティブな話題を多く採用した方が良いように思えた。
それに、金が無いということは、金を提供するスポンサーもいないということだ。つまり、スポンサーにとって都合の悪い情報でも自由に書くことができる。まあ、新聞はボツだが。
「リサは、どうやってガトーをもらっているんだ?」
「わたしは、家事の手伝いをしているの。身体の不自由な人とか、家事の不得意な人に代わってね」
「なるほど……」
彼女の料理の腕が高いのも納得だった。そういえば部屋もきれいに片付いている。
「リオは……料理とかしないよね。もうそんな感じしかしないよ」
「ああ……」
何も言うまい……。
「そうだな……。何かないのか? 俺にできそうな仕事は」
「う~ん、そうだなぁ……」
「……」
「あ、そういえば」
「何かあるのか?」
「リオ、力仕事って得意?」
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