2. 琴音

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「……最初は、リュタン家にふさわしい男であれと言われたんだと思っていました。リュタンの花はリュタン家の象徴ですから。でも、この言葉を見てから、わからなくなりました。……エレナは、悲しんでいたのかと思えて」  エレナは、自らの境遇を悲しんでいたのだろうか。そして、そんな自分を愛して欲しかったのだろうか。──俺はちゃんと、姉を愛せていたのだろうか。  これが、アルスの心に引っかかっていたものの正体だった。いくら考えても、エレナに訊くことはもう出来ない。正解は永遠にわからない。  琴音(コトネ)は静かに微笑んだ。 「優しい方なのですね、アルスさんは」 「え⁉ いやいや、そんなことは」  唐突にそんなことを言われると、何だか照れてしまう。 「お姉様と仲が良かったようで、羨ましいですわ。私には腹違いの兄がいますが、仲が良かったのは子供の頃だけ。今では……」  琴音(コトネ)は不意に言葉を切った。表情が険しくなる。今までとは全く違う鋭い目つきで、彼女は辺りを見回した。  不穏な雰囲気は、アルスにも感じられた。来る。何かが。アルスは油断なく、腰に下げた剣に手をかけた。  トトトトッ、と短く細い杭のような物が何本か目の前に刺さった。杭には細かい紋様が刻まれているのが見て取れた。紋様が一瞬光を発した。と、周りの塵芥や小石、木の葉、枝などが杭に集まり始めた。それらは杭を中心に瞬時に形を成し、人のような姿を作った。 「何だ、こいつ……?」 「人形(ヒトガタ)ですわ」  冷静に、琴音(コトネ)は言った。 「私の兄の差し向けた刺客です。中心の杭が本体ですから、それを破壊すれば倒せます」 「わかった!」  人形(ヒトガタ)はゆっくりと近寄って来た──ように見せて、いきなり尋常ではない素早さで襲いかかって来た。鋭い爪のような手を、アルスは咄嗟に薙ぎ払った。左腕を斬り落としたが、すぐに辺りの塵芥を集めて再生する。やはり中の杭を斬らないと駄目だ。  アルスは襲い来る人形(ヒトガタ)に、正面から剣を振るった。正確に正中線を切り裂く。杭を真っ二つに斬った手応えがあった。人形(ヒトガタ)は瞬時に崩れ、塵芥に戻って行った。 (そうだ、彼女は!)  琴音(コトネ)の方を見ると、彼女は三体の人形(ヒトガタ)に囲まれている。 「ちぃっ!」  アルスはそのうちの一体を斬った。だが、残り二体は琴音(コトネ)に襲いかかる。斬った一体も仕留め損ねていたらしく、再生して向かって来た。 「琴音(コトネ)さん! 逃げろ!」  彼女は、襲い来る人形(ヒトガタ)を舞うような身のこなしで避けた。口の中で何かを唱え……いや、口ずさんでいるようだ。 (唄? こんな時に……)  考えている暇はなかった。再生したばかりの人形(ヒトガタ)はまだ動きが鈍い。一気に斬りつけ、滅ぼす。琴音(コトネ)の方を振り返る。早く助けないと。  その時。 「──(エン)!」  良く通る声が、空気を震わせた。節がついているようにも聞こえた。  と、残った人形(ヒトガタ)の内部から炎が上がった。炎はあっという間に人形(ヒトガタ)の全身を包み、内部の杭共々灰にしてしまった。  琴音(コトネ)はきっと天空を睨んだ。 「兄様! 見ていらっしゃるんでしょう?」  虚空に向けて、彼女は叫んだ。 「こんなものを差し向けても私を討つことなど出来ないのは、あなただってご存知でしょう。あなたが何をしようと、いずれ私はあなたの首をいただきに参ります。覚悟して待っていらして下さい!」  禍々しい気配が去って行くのを感じる。危機がなくなったのを見て取って、琴音(コトネ)はアルスに微笑んだ。 「さあ、行きましょう、アルスさん」 「あ、はい。……魔術を使えたんですね、琴音(コトネ)さん」  先程のは確かに魔術だった。ただ、学校や魔術院などで教わるものとは少しやり方が違っているようにも思えた。 「嗜む程度です。自己流ですし」  白拍子(シラビョウシ)はそう答えた。
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