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12-2
結果的に言うと、俺の決意とは裏腹に巨大ナマコは特に何かを仕掛けてくるわけではなかった。時折タコ足が伸びてきて、俺の頭上をふよふよと漂いそして戻っていく。意図が分からず呆然とする俺を知ってか知らずか、何かを説明しようとする素振りがあったが生憎、よくわからなかった。
それから何故だかナマコは俺を置いて水中へと戻っていき、取り残された俺はこれを好機と見て逃走を図る。あいつが戻ってくる前にここから消えたい。どこから逃げようかと周囲を見回してみると、どうやらこの洞窟は岩の壁に囲まれた5m²くらいの半円型の空間で、ここを出るには水に潜るしかないようだ。正直嫌な予感しかしないが意を決して水の中へ飛び込んだ。水泳経験はあまりないが泳ぐくらいできるだろうと、進もうとした結果案の定、戻ってきたナマコに見つかって速攻で回収された。水生生物に水中で勝てるわけないし。
再度洞窟に戻された俺は複雑な心境で岩に座りなおす。回収時、しこたま水を飲んでむせる俺の背中をタコ足でバシバシ叩いて救命?的なことをしていたから多分殺すつもりは無いと見た。相変わらずナマコは少し離れたところから俺を見ているだけだ。
「何なの、お前。怖いわ……」
言葉が通じる相手だとは到底思えないため、独りごちる。体温の下がった体を温めるため手のひらサイズの炎を作って浮かせておく。これだけでもだいぶ温かい。暖は取れたがさて、ここからどうしようか。助けを呼ぶにしても連絡手段など持ち合わせていないし、せめてパンイチという不審者みたいな格好だけでもなんとかならないかと頭を働かせていると微かな風音を捉えた。
「ぉ……あ、ぁ……」
こんなところで風の音がするものだろうかと不思議になり顔を上げると、どうにもナマコが発している音らしい。まあるい口がうごうごしているのが気持ち悪い。奇妙な声を発しながらナマコの足が伸びてくる。危害を与えてこないのはなんとなく分かったため、様子を見ていればどさっと俺の目の前に何かが落ちてきた。
音に驚いて軽く飛び上がった俺の目の前には、きれいな宝石だったり、珊瑚だっり、どうやって取ってきたのか動物の毛皮が積まれていた。どこから取り出しているのかは分からないが、追加で次々に積み上げられていくのを見て俺は思った。
もしかして、歓迎されているのでは……?
「ぉ……だぁ、ち……」
「おだち?」
「ぉ……も、……ち」
「おもち」
「ぉ、とも、……ち」
「おともち……お友達?」
俺の気のせいかもしれないが、ナマコは俺の顔をちらちらと覗って(?)はどこか照れるようにもじもじと身じろぐ。俺のつぶやいた”お友達”という言葉にナマコがピンと伸びてぶんぶんと揺れた。多分肯定しているんだと思う。これまたどうやって取ってきたのか不明だが、木の実らしきものをずいずいと押し付けられてそれを両手で受け取る。俺の解釈が間違っていなければこいつは友達になりたくて貢ぎ物を寄越している状態なのだろう。
何故こいつに気に入られているのかはよく分からないが、害がないに越したことはない。そう思うとだんだんかわいく見えてくるのだから、俺もだいぶ正気じゃない。疲れてる。なんだろう、遊んでほしそうにこちらを見つめるナマコに大型犬みを感じて、つい警戒心が緩みそうになる。きもかわ。
「お前、友達になりたいのか……?」
ナマコの頭がぶんぶんと縦に揺れる。肯定。どうやらこいつは人の言葉を解するらしい。それなりに知能が備わっているところを見るとただの魔物とかではないんだろう。帰ったら聞いてみようか。
「そうか……。いいだろうナマコ、友達になってやる」
「ぁ、そぶ?ぃっしょ……」
「あぁいいぞ。一緒に遊んでやる。ただし、まず服を返せ。そんで、遊んだらその後は俺をここから出してくれ、分かるか?」
このままここでモダモダしていても事態は変わらない。ならばこのナマコと心を通じさせて円滑に陸地に返してもらえるようにしよう。最悪、一戦を交えることになるかもしれないがそうなったとしても、何とかの加護とやらがある俺にアドバンテージがあるはずだ。常識的に考えて俺が負けることはあり得ない。それならばわざわざ痛めつけるような真似はせずとも平和的解決をしたいのが俺の本心だ。了承したのか、おずおずと差し出された俺の服を受け取り手早く身に着けていく。日の出までには帰らないとアートに心配されるから早めに切り上げよう。
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「いくぞ、ナマコ!!」
ということで俺は今、絶賛戯れ中である。俺が生成した水の球を素早く打ち出し、それをナマコが迎撃する……という単純運動なのだが、何気なく始めたこれが意外にもなかなか楽しい。最初はおぼつかなかった力の扱い方もいつの間にかだいぶ上達している。
掌の上で作り出された半径10㎝程の水の球は俺の思うとおりに浮遊し、そして宙を割く勢いで加速する。球が高速で飛翔する勢いで水面が割れるように削れ、勢いよく水しぶきが上がる。目で追うのがやっとな速さで飛んでくる水の弾丸をナマコは寸分の狂いもなく長い脚で巧みに破壊する。とても水がはじける音とは思えない轟音が周囲にこだまし、そして消える。映画さながらの大迫力映像だったが、もう50回くらいは繰り返しているせいで、いい加減見飽きてきた。
疲労感があった訳ではないが、いつの間にか上がっていた息を整えながら、岩に腰を下ろす。もしかすると、このナマコは俺が知らないだけで結構な大物なのかもしれない。泉の主とかそんな感じの、RPGでいう中ボスくらいの存在感はありそうだな。可能なら俺が困ったとき用の仲間にしておきたいが、残念ながらこの世界はゲームと違ってパーティ結成システムはない。
「さて、俺はそろそろ帰らないと。おかげで魔法も上達したし、また遊ぼうな」
なんだかんだで5、6時間はここにいたような気がする。もうじき日の出だろう。町に戻ったらやらなくてはならないことが山積みになっているし、ミュアのこともあるからこれ以上ここにいるわけにもいかない。どこか寂しそうなナマコが「くぅーん」と声を上げる。醜悪な見た目なのに猫みたいな鳴き声を出されてつい顔が緩む。きもかわ恐るべし。
「寂しいのか……?大丈夫、また遊びに来るし、お前も……」
すりすりと寄ってくる足を撫でてやりながら声をかける。最初は気持ち悪いだけだったこの触手に対する嫌悪感も……まぁ、2/3くらいにはなった。寂しいと言いたげな足たちを撫でては励ましていた俺だったが、いつの間にか目に見えて数が増えてきたことに気が付いてさすがに身を固くする。なんか嫌な予感。
「お、おーい、ナマコ。俺、そろそろ帰らないと」
撫でていた手を止め距離を取ろうとすると素早く巻きつかれてあっという間に身動きが取れなくなる。やめるように言っても、離れるどころかますますきつくなる拘束に、こうなってしまっては仕方がない。できれば乱暴なことはしたくなかったが自力で何とかするしかないようだ。一度冷静になるために息を整え、炎を生成する。こけおどしでは逃がしてもらえないだろうから、心苦しいが少々強力なものを。数秒もせずに自分を包むように燃え上がる炎の熱気を感じ_____
「ひっ!」
突然服の中に入ってきたひんやりとした感覚に集中させていた意識が切れ、感じていた熱が四散していく。しまった、と思ってももう遅くふわりと身体が浮いた感覚に直感する。これは死んだ、と。
「え、無理じゃん……」
抜け出そうと暴れてみるものの、全く歯が立たない。肌をはいずるこそばゆい感覚のせいで意識を集中できず、魔法もどきも使えない。折角のチート能力使えないんなら意味ないだろ。誰か助けてくんねぇかな。取り敢えず常識的に考えて負けないとか思ってた数時間前の俺を張っ倒したい。
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