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子供を抱き上げ、その体の異常に初めて気付いた。布越しでも分かるほどにその子供は熱い。かなりの発熱だ。後ろのドアを開け、後部座席の僅かにあいたスペースに子供を座らせる。大急ぎで荷物を助手席に移動して空きを作り席を倒す。
小刻みに震える子供は恐らく寒いのだろう。震えるということは、この後もっと熱が上がるということか。とりあえず車内を暖めよう。暖房を入れ、設定温度を上げようとするとぽたぽたと雨粒が車体を叩く音が響いた。息を一つ吐くと、トランクから薄手の毛布を引っ張り出す。
体を包んでいた布を剥がし、代わりに毛布を掛けようとして、初めて子供の容姿をまともに確認した。
「外国人……か」
さらりとこぼれた金髪は暗い車内でも鈍く光っていた。衣服は簡素で無地の白い、無駄に丈の長いVネックのようなもの。こんなところに何故外国人の子供が倒れていたのかは、もはや俺の想像の範疇を越えすぎてて皆目見当もつかないが、かくなるうえは病院と警察だな。
雨はあっという間に本降りになり、見通しが悪くなった。救急車を呼ぼうとズボンの尻ポケットに入ったスマホを取り出す。しかし、救急車を呼ぶことは叶わなかった。圏外というあまりに無情な表示が液晶に現れる。
いや、まじで。不運、重なりすぎだろ。悪霊にでも取り憑かれたのだろうか。
思わず端末を叩きつけそうになるが、そこは理性で押さえる。物にあたるのは良くないよな、うん。仕方なく俺は着ていた上着を脱ぐと、毛布の上に重ねて掛け、運転席へ戻る。
幸いにも、もうすぐ俺の知っている土地に入るはずだ。民家は今のところ全く見えないが、ナビ無しでも何とかなると思う。見慣れたところまで行ければ病院にも辿り着ける。地方の中規模な病院ではあるが、緊急にも対応してくれる田舎には勿体ないくらい条件のいい病院で、俺も何度かお世話になっている。そこで見てもらい、警察を呼んで貰おう。
エアコンの吐き出す暖かい風を顔で受け止めながら、アクセルを踏んだ。
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タイヤが空振りする音を聞いて俺は頭を抱えた。何があったか端的に説明すると、初めは順調だったんだ。初めはな。最悪過ぎる状況が更に最悪になったのは走りはじめて数十分後。
突然アスファルトが終わった。
アスファルトが終わったと言っても道はある。
道はあるが、舗装されていない剥き出しの土の道だ。しかもそれはまだいいほうで進めば進むほど道は悪くなり、ぼこぼこの悪路に車がガタガタ揺れる。
バックミラーで後部座席に乗った子供に目を配れば、苦しそうに瞼を閉じ、眉間に皺をよせる姿が見える。一刻も早く病院に連れていってやらなければと思いスピードを上げた。
バケツをひっくり返した様な雨がフロントガラスを叩き、バンパーで水を掃いてもきりがない。忌々しいと、前方を睨み付けてもまるで俺を煽っているかのように雨は強まる。そんな大雨の中、舗装もされていない道路を走り続ければ案の定泥にタイヤを取られ、身動きが取れなくなった。
そして冒頭に戻る。
何度かアクセルを踏んだものの、空滑りして全く動けなくなった車に頭を抱えながら、助けを呼ぼうともう一度スマホを取り出す。しかし、先程同様電波は入らず外部と連絡を取る手段が絶たれる。どんどん悪くなっていく状況に舌打ちをする。
相変わらずナビは死んでいるし、どうすればいいのか分からない。緊急時用に備え付けられたライトを乱暴に掴み、外へ出てどしゃ降りの雨に打たれる。ものの数秒で全身ずぶ濡れになった。濡れて張り付く髪に視界を遮られながらも身を屈めてタイヤ周りを確認すると、どうやらかなり深く嵌まっているようで、そう簡単には抜けられないことが窺えた。駄目元でに車の後ろに周り全力で押し動かそうとするも、車はびくともしない。
諦めて車内に戻った俺は、狭さと格闘しながら濡れた衣服を脱ぎ、引っ越しの為に持ってきていた着替えに袖を通す。
再び後部座席に戻った俺は荷物からペットボトルの水を取り出し、子供の口元に宛てる。目を開けないこの子供は果たして飲めるだろうかと心配したが、やがてゆっくりと水を嚥下しはじめた。発熱で喉が渇いていたのだろう。目を閉じたままゆっくりではあるがごくごくと飲み続ける。残り三分の一以下になった水でタオルを湿らせると、子供のおでこの上に載せた。気休め程度だが無いよりましだろう。
運転席に戻った俺は額に手を載せ思わず天を仰ぐ。あぁ、神よ。無宗教だけれど今だけは神に頼りたい。まぁ、本当は文句を言ってやりたいところだがな。
「ふざけるなよ…」
今日何度目とも知れないため息をこぼし独りごちた。この短時間で禿げそうだ。雨が上がらないことにはどうにもならない。とにかく今はここにいるしかないだろう。理不尽過ぎて目尻に涙が溜まる。俺は最後にもう一度携帯を確認するが、やはり圏外のままで電波が復帰しそうな気配もない。
果たして一体何があったというのか。いよいよ田舎だから電波が入りずらいでは済まなくなってきたぞ。そんなことを考えながら俺は目を閉じた。
夢なら早く覚めてくれ。
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