眠りの姫

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==========  道中なにもないのは寂しいと、ヨリは青年に名を明かし、青年も名を教えてくれた。  青年の名は伊助(いすけ)。大名、宇和新左衛門(うわしんざえもん)の屋敷で働いているそうだ。親はなく、新左衛門の屋敷に出入りしている侍に世話になり、育ての親亡き後は住み込みで働いているのだという。  ヨリ達が大名屋敷に到着すると、何故か主人の新左衛門自らが手厚く出迎え一夜の宿を申し出る。が、この歓迎のされようは怪しく、キョウなどは怪訝な顔をしていた。 「……静かですね」  屋敷に招かれ、どこかへと連れて行かれる。立派な庭に面した外廊下を歩きながら、ヨリは辺りを見回した。 「大名屋敷ともなれば、人の出入りも多いでしょうに」 「……昔はな。三年ほど前、奥方様がお亡くなりになってから変わってしまったのだ」 「ほぉ?」 「……旦那様は、腑抜けてしまった。今では豪商のどら息子が大きな顔をしている。皆もそちらが力を持っていると知るとこちらには来ない。美味い汁を吸いたいなら落ち目の大名よりも、話の分かる商人なのだろう」  伊助の声には悔しさが滲み出ている。手を強く握り震えて、爪が手の平に刺さりそうにも思う。  その様子に、流石のキョウも心配そうな顔でヨリを見下ろした。  やがて伊助は屋敷の奥にある部屋の前で止まり、「小夜様、入ります」と声をかけて障子を開けた。  明るく清潔な室内には女性らしい華やかな着物が掛けられ、飾り棚の上には花も活けられている。  が、この部屋の主は静かに横になり目を開けない。規則正しく聞こえる息づかいから、眠っている事は分かる。問題は、目を覚ます気配がないことだ。 「……もう、一ヶ月が経つんだ」 「一ヶ月! って、流石に体が……」 「分かっている。旦那様も案じて医者に診せたし、祈祷もした。だが、一向に目を覚まさない」 「……ふむ」  しずしずと進み出たヨリが姫の枕元に座る。そうしてそっと目を開いた。  だが、魔物の気配はない。何かしらの痕跡が残りそうだが、そういう感じもない。だが、まったく何もないわけではないだろう。人ならざる者が関わっていないのならばとっくに死んでいるはずだ。 「医者は、なんと?」 「……原因が分からない、と」 「祈祷師は?」 「これで目が覚めるはずだと言った。だが、まったくだ」 「そうでしょうね」  世の中、人智を越えた出来事は多少だが起こる。鬼が出た、蛇が出た。そういう者を鎮めるために祈祷師というのがいる。中には真面目に修行を積み、徳を積んで神の力を拝借できる者もいるだろうが、大半が詐欺だ。  ただそれでも、怯えて暮らす人々にとっての心の安寧には繋がる。案外人の心が強ければ逃げていく怪もあったりするのが厄介なのだ。 「語り部はその語りで、魔物を諫める事ができると聞いた。頼む、姫様を目覚めさせてくれ」 「……無理でございます」  助けを求めるような伊助に、ヨリはきっぱりと断った。途端、唇を噛みしめている伊助の目が歪められ、しばらく声が上がらない。それでも必死に絞り出した声は、酷く震えていた。 「どうして……何故だ!」 「語り部は魔払い師ではありません。確かに魔物に語る事で満たされぬ飢えを一時満たしてやる事はできます。ですが、それは本来の役目ではないのです」 「……手立てが、ないと言うのか……姫様はこのまま、眠り続けるのか」  伊助の目からは涙が零れ、膝の上に置いた拳に落ちていく。キョウはとても気の毒な顔をし、ヨリを見つめる。なんとかしろという気配に、ヨリは溜息をついた。 「ですが、話を聞かないわけではありません」 「え?」 「語り部は得たものを忘れません。その中に、糸口があればお教えする事も可能です。まずは姫が眠った時の事を教えてください」 「! 感謝します!」  大きく頭を下げる伊助に、ヨリは深い溜息をついた。
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