娘の嘆きと母の思い

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==========  今際の際、涙に濡れる愛しい娘と、愛しい旦那。そして離れた戸口では、息子のように可愛がった伊助がいる。 「お母様、死んでは嫌です。小夜を置いて逝かないで」 ――あぁ、泣かないで。貴方に泣かれると辛いのです。  心配で、心配で。大切な人を残して逝かなければいけないなんて、なんて残酷な事でしょう。  母には一つ、大変な気がかりがあった。あの強欲な金貸しの男が、何も知らない旦那を騙してこの家を乗っ取ってしまわないかと。  この家には先代様、先々代様が残された価値のある品が沢山ある。息子は興味がないからと、彼女が全てを受け継いだ。見る者が見れば金などいくらでも作れる。  旦那は人が良すぎるから、心配でたまらない。  娘の事も、心配だ。あの男は娘の小夜を妙な目で見ていた。何か言い出さないか。  母はこの家の番人であった。家を守る者として、その役目を真っ当していた。  それでも、人の命は延びるものではない。程なく息を引き取った彼女は、心配から逝くことができなかった。  心配は的中した。価値のある多くの骨董が二束三文で買いたたかれる。  伝えたいが、伝える声を持たない。目録の場所は伝えられなかった。一番大事な蔵の鍵と共に隠してしまったから。  身ぐるみを剥がされるように家が貧しくなる。あれだけ仕事に誇りを持っていた旦那が萎れていく。全ての気力をなくしたように呆けて、その間に何もかもを取られてしまう。  伝えようとした。だが、死んでは声が届かない。喉の病だった。異変に気づいた時には声を取られてしまっていた。  死んで三年。とうとうあの強欲な男はこの家の見える金の全てをむしり、あろうことか可愛い娘にまで手を伸ばした。 「お母様、私…………私、あんな男と結婚するだなんて、嫌です!」  毎日のように離れの部屋で涙を流す娘に、手を添えてやりたい。大丈夫だと伝えたい。表に出してあるものなど見栄えの良いものばかり。本当に価値ある大切なものは蔵の中の、更に大事な隠し戸の中にしまっている。 「私は、伊助が…………」  それも、知っている。親のない伊助は慎ましい子で、娘の気持ちに応じるかわからないが、娘はずっと伊助を思っていた。こっそり、恥ずかしそうに教えてくれた娘を思い出す事など容易だ。  なんとかしなければ、この家は落ちてしまう。娘婿になったあの男は悠々とこの家を、娘を、旦那を蝕む。  あのような毒虫に、愛しい者達を取られてなるものか。例えこの魂が魔に落ちようとも、あの男だけは許すものか!
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