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翌日、香世は宝石店へと足を運んでいた。ブルーダイヤモンドが本物かどうかの鑑定を依頼しに来たのである。鑑定士はブルーダイヤモンドの鑑定と聞いた時点で偽物を疑った。存在するだけで奇跡、こんなものが日本にあるわけが……
奇跡は目の前にあった。
鑑定士はルーペでブルーダイヤモンドを覗き込んだ瞬間に震え上がった。レンズを覗いた瞬間に青い輝きに心を奪われた、宝石を腐るほど見ており、宝石の光には慣れきっている鑑定士でさえも全身を震わせるほどのものだった。
手が震えそうだ…… レンズをブルーダイヤモンドに当ててはならないし、手垢を表面につけてはならない。鑑定士はいつも以上に手付きが慎重になる。
息が荒くなる…… 吐息をブルーダイヤモンドにあてて曇らせてはならない。鑑定士はマスクをかけた。
鑑定士は仕事でありながら快感を覚えていた。目の前にいる香世に土下座し「こんな良いものの鑑定をさせて頂き光栄の至りでございます」と、頭を下げたく考えていた。しかし、プロ故に冷静さを装いながら仕事はこなす。
「はい、本物のブルーダイヤモンドでございます。同梱の鑑定証に間違いはございません。私からも鑑定証を出させて頂きます」
凄いものを手に入れた。香世は帰りの道中に行き交う老若男女全てが指輪を狙う盗賊のように思えて堪らなかった。
タクシーを拾うも、タクシーの運転手までもが指輪を狙う盗賊の一人に見えて座席で歯をガチガチと震わせるのであった。そんな中、スマートフォンが鳴る。相手は母からだ、母からの電話と言えば「アンタ、まだいい人見つからないの?」とか「孫の顔が見たいねぇ」と言った『ないものねだり』のために、香世は母からの電話を受けることが億劫になっていた。彼女は渋々ながらに電話に出る。
「はい?」
「ああ、香世! お母さんだけど! 落ち着いて聞いて!」
「何よ、こんなにあわてて」
「お父さんがね! 末期のガンなのよ」
香世は愕然とし言葉を失った。胸の中がムカムカとし、口の奥も乾き、目の奥もジリジリとしてくる。彼女は一旦深呼吸をして落ち着きにかかる。そして、膝の横に置いたセカンドバックの中で青く光る指輪の存在を思い出す。
このダイヤは持ち主を不幸にします。
まさか…… ね…… マイナスプラシーボ効果に決まっている。これが本物の呪いの宝石の訳がない。お父さんだっていい年齢なんだし体にガタの一つや二つ来るだろう。末期って言うなら前からあったってことだし、検査を怠っただけのこと。これは偶然、偶然なんだ。
香世は父を心配しつつもそう自分に言い聞かせた。
悪いことは続く…… 家電製品が急に壊れたり、家に空き巣が入ったり(指輪は何故か無事だった)、階段から落ちて軽い捻挫をしたりと散々なのである。マイナスプラシーボ効果で不幸が重なっていると思い込んでいるだけだと香世は自分に言い聞かせた。しかし、それどころではない事態が起こる。
ある日の仕事中、香世は上司に呼び出された。「君は今まで頑張ってくれた」「君みたいな優秀な人はステップアップを考えたほうが良い」など、褒め称えるようなことを言うが、とどのつまりがリストラである。彼女の能力が足りない訳ではなく、会社の業績悪化からくる単純なリストラである。
不幸に不幸が重なり不幸の波の中、香世の元に一通のメールが入る。婚活パーティーのお知らせである。普通に考えればそれどころではない。しかし、彼女は「考え」があり婚活パーティーに参加した。右手の薬指には青き光が輝いている。
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