帰局

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帰局

 配達を終えて局へ戻る途上で携帯が鳴った。バイクを道路脇に寄せて時間を見ると16時3分だ。この時間の電話だと、凹鹿だな。  「大変なんだ!すごいんだ!いつ戻るんだ!」  いきなり怒鳴り声が携帯から飛び出した。いつものことだから驚きはしないが不愉快だ。感情を抑えて抑揚もなく答えた。  「戻る途中。十分以内に着くよ。」  怒鳴り声が返ってきた。  「わかった!待ってる!」  今日はかなり面倒なことになりそうだ。陰鬱な気分になる。  今日、班長から夜間応援に指名された。通常、一つの班には昼間の配達が7名くらい、夜便の配達が一人いる。平日であれば夜便は一人でこなす。土曜は本数が多いから昼間の配達から応援を出す。但し、配達能力が低い人が夜担当なら、平日でも応援が必要になる。土曜に凹鹿の夜間応援とは頭が痛い。班長には、凹鹿を土曜の夜担当にするのは無理があると、何度も進言したが、いまだ聞き入れてもらえない。  夜間応援に出る人は、昼の配達が通常の7割程度になる。それでも、物量の多い日には時間を過ぎてしまう。夜担当が普通に仕事ができる人なら、応援の遅れにも対応できる。  問題はできない人だ。凹鹿はできない上に対応しようとしない。夜間応援に対応を求めて騒ぎ出す。おもちゃ売り場で子供が泣きわめくのに似ている。騒ぎが起きると、部長や課長などの上役が班に対応するよう要求してくる。今日、騒ぎが起これば真っ先に対応を求められるのは夜間応援に指名された私だ。  16時12分に帰局し、班の作業場に戻ると凹鹿が勢い込んで近づいてきた。  「大変なんだ!すごい数なんだ!」  落ち着いた様子を見せながらゆっくりと返す。  「数を確認して並べておいてください。」  しかし落ち着く様子はない。さらに怒鳴り散らす。  「わかんねーよ!見てくれよ!」  作業台の上と、下の箱の物をざっと見ると、確かに多い。土曜の夜便は、いつもこんな感じだ。だいたい一晩で100本超える。書留のまとめ伝票を見ると書留が56本、小包が雑然と積み上げてあり、正確な数はわからないが、おおよそ10本くらいだ。  16時30分頃には速達やネット通販商品が出て、5時頃に最後の追加が出る。たぶん全部で20本くらい出るだろう。帰局後処理に10分だから、出発準備に使えるのは40分くらい。  小包は追加分も合わせて30本くらいになるだろう。二人で分けると15本くらい。配達原簿を使い確認するのに15分はかかる。住所と氏名に間違いがないか、ほんとうにそこに住んでいる人宛ての物か、すでに引っ越して新しい住所への転送が必要か、確認が必要だ。確認せずに本来受け取るべき人とは異なる人へ渡したら大変なことになる。実際問題としてそのような事故は多い。  最近はネット通販の利用者が多く、住所の入力を間違えたり、昔の住所を入力したり、ハンドルネームやペンネームなど本名以外の名前を使う人もいる。小包の住所欄や時間指定欄もまちまちで字が小さく読み難いとか、分かりにくい位置に記入されていたり、どちらが差出人で受取人か判断に困る物もある。  受取人が不在票を見て連絡してきた再配達は確認の必要がない。一度は誰かが確認し、その家に行き、不在者票を入れ、それを見た受取人が連絡してきたわけだから間違えてる可能性は低い。  最近は不在票を盗んで受取人のふりをしたり、誰も住んでいない家に住んでいるふりをして受け取る危険な人もいるので用心に越したことはない。とはいえ時間的に用心している余裕はない。  ざっと見た後で凹鹿を見ると、落ち着きなく荷物を手にとっては戻している。  「わかりました。帰局処理をしてくるまでに準備をお願いします。」  聞いていたのかいないのか。その場を離れて帰局後の処理を始めた。帰局して、直ちに出発の準備作業ができるわけではない。帰局後の作業がある。持ち帰った配達証をまとめ、郵便課へ返却する。そこで配達証の枚数や、持ち帰った物の数、売上の金額など実際の物と、携帯端末の記録が一致するか確認する。不一致が出ることもある。間違えが酷いと課長に報告し、下手をすると部長まで報告が上がり、何らかの処分を受ける。私の場合は配達するごとに確認して記憶していくから携帯端末が故障しない限り、不一致はほぼない。  携帯端末が突然止まり、動かなくなる事故もある。精算時にとりわけ多い。他の配達業者に比べて高価な端末を使用しているそうだが、内部のプログラムに不具合が多い。端末本体も壊れやすい。プログラムにしても端末本体にしてもいい加減なつくりだ。改良がなされるにしても現場の意見が反映されることはない。これも日の丸親方会社の特徴なのかもしれない。それでも、どのような操作をすると故障の可能性が大きくなるかはだいたいわかる。おかげで私は携帯端末の故障で苦しむことは少ない。  配達証と、不在のために持ち帰った大型郵便や書留とか小包などの対面配達物を郵便課に引き渡す。売上金は現金管理機に入れる。現金管理機は携帯端末とデーターをやり取りし、持ち帰った売上金を管理している。金額が多いとか、少ない場合には警告が出てやり直しになる。この現金管理機もよく壊れる。壊れると清算作業ができなくなる。  遅い人だと1時間を超える作業だ。遅い人は配達証や不在で持ち帰った郵便物を把握できず、把握するだけで時間がかかるようだ。その上に不一致を出すことも多い。私は早い方で10分くらいで終わる。5分で終わらせて同僚を驚かせることもよくある。配達中も処理した内容を確認し、把握しているからだ。帰局してから確認するか、配達中に確認するかの違いで、配達中の時間を考慮すれば、作業時間はそれほど変わらない。  今日も不一致も出ずに、故障もなく、清算作業を完了した。
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