4.勝利の後

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4.勝利の後

 戦いに勝利し、女王ブーディカは自決してブリトン人の組織的な軍事活動は終わった。第2軍団ポエニウス屯営長は出陣を拒否した責任を取り自刃した。軍団全体を指揮できる者のいなくなった第2軍団は大隊毎に大隊長指揮で、個別に掃討戦へ参加した。これは我が軍の優れた特徴の一つだ。各大隊は上位指揮官がいなくても、大隊長判断で独立して活動が可能だ。  我が軍団はイケニ族の本拠へ侵入した。我が大隊の担当地域は父の砦の近くだ。女王ブーディカが死んだ後になっても各地で散発的な戦いが続いている。とはいえ、小規模な戦いばかりで脅威にはならない。  我が中隊はスィールの村がある辺りに侵攻した。昔よく遊び歩いた場所で地形はよく心得ている。小隊単位で分散し、村を包囲するように進んだ。村は深い森に囲まれ、ここを進む部隊は分散してしまい、他の部隊との連携が難しくなる。我が小隊もいつのまにか、他の小隊からはぐれて孤立していた。いや、他の小隊が村への道から外れてしまったのだろう。我が小隊は間違いなく、村に近づいている。  前方の茂みで動きがあった。確認しようと目を凝らした瞬間、隣にいたプブリウスが呻き声を上げた。振り向くと、プブリウスが倒れていた。喉に矢が刺さっている。デクリウス十人隊長の号令が下る。  「防御態勢!」  十人隊長を中心に円陣を組み、盾を構え、剣を抜いた。前屈みになり、盾に隠れるように周囲を窺った。私の右前方で音がしたかと思うと、右隣のクゥイントゥスが叫び声を上げ、クゥイントゥスの後ろにいたアウルスも悲鳴を上げた。右を見ると、真っ二つになった盾と、クゥイントゥスが倒れていた。大弓の矢が鎧を破壊して腹を引き裂いている。クゥイントゥスに矢が当たって吹き飛ばされ、アウルスの背中に激突したようだ。アウルスは転んだだけで怪我はない。  ブリトン人が大弓を?彼らはそのような兵器を持っていない。スィールが父から大弓を奪ったに違いない。この付近で大弓があるのは父の砦だけだ。寒気が襲ってきた。父の砦が襲われ、兵器を奪われた。ブランウェンも協力したのか。ブランウェンに対する疑いが心に刺さり、息が詰まる。  デクリウス十人隊長が矢が飛んできた方向を剣で指して叫んだ。  「突撃!」  命令と同時に皆が一斉に走り出す。木の下に大弓が見える。数名のブリトン人が次の矢を準備しているが、矢をうまく装填できないようだ。我らが近くまでくると、ブリトン人は矢の装填をあきらめ、剣を振るって向かってきた。その中にエシエンがいた。私は盾をかざして、エシエンの正面に立ちはだかって叫んだ。  「エシエン!わかるか!ティトゥスだ!」  エシエンは振り上げた剣を下ろして躊躇したが、すぐに剣を私に向けて叫び返した。  「お前もただのローマ兵だ!お前の父の処へ送ってやる!」  エシエンとは幼いころから共に学び、遊び、兄弟のように育てられた。それがどうしてこんなことに。私は酷く混乱したが、考えるより先に体が動いた。エシエンが剣を振り下ろしてくると、盾でそれをかわして剣をエシエンの腹に突き立てた。それもかなり深く刺してしまった。私は叫び声をあげていた。  「エシエン!すまん!」  エシエンは仰向けに倒れ、口から血を吹き、何か言葉を発していた。私はエシエンの口に耳を寄せてその言葉を聞いた。  「裏切り者は殺した。父も。妹も。」  それだけ言ってこと切れた。絶望感が一気に押し寄せてきて、足の力が抜け、その場に崩れ落ちた。他のブリトン人を片付けた仲間たちが、私の様子に気が付き集まってきた。ガイウスが背中に手を当てて、私の耳元にささやいた。  「知り合いか?」  私は軽くうなづいた。ガイウスは背中を軽くたたいてから、私が立とうとするのを助けてくれた。ブランウェンが死んだ。それも兄のエシエンに殺された。そればかりが頭の中を駆け巡る。長い時間ではない。デクリウス十人隊長の号令ですぐに現実に引き戻された。  「前進!」 まだ死んだと決まったわけではない。聞き間違えか、エシエンの勘違いってこともあり得る。そう、ブランウェンの死を確認したわけではない。そう自分に言い聞かせ気を取り直して、小隊長に続いた。  小隊は用心しつつ、村へ向い。途中で誰かに出くわすことはなかった。村の入り口に来ると、背丈くらいの二本の棒が立っていた。棒の先には首が刺さっている。一つはスィールだ。もう一つは父だった。裏切り者とローマ人を晒すことで村人の結束を図ったのだろう。何の感情も湧かなかった。心が疲れ果て、何も感じられなくなっていた。いや、ブランウェンのことしか考えられなくなっていた。  仲間たちは首を見て立ち尽くしていた。私は鞄から袋を出し、二人の首を棒から抜き、袋に入れた。それからデクリウス十人隊長に報告した。  「村長と私の父です。埋葬のため私が保管してもよろしいでしょうか?」  デクリウス十人隊長は私の顔を凝視してから答えた。  「よろしい。希望する所に埋葬するといい。」  村には誰もいない。ローマ軍の接近を察して逃げ出したのだろう。或いはエシエンのように迎え撃ちに出たのかもしれない。村人はいなかったが、ローマ兵が吊るされていた。数本の木に十名位の兵が吊るされている。生贄に捧げられたローマ人を多数見てきたせいか、驚く者はいない。神に捧げられた木だろう。私とアウルスで遺体を引き下ろした。デクリウス十人隊長とガイウスが火を起こし、目ぼしい建物に火をつけて回った。作業を終えた後は、村が火に包まれる様子を村の外で眺めていた。しばらくすると、煙を目指して他の小隊が集まってきた。  デクリウス十人隊長が他の小隊が到着する都度に情報を集めてまわった。それによると村人の多くが抵抗を試み、大半が殺された。捕虜はいない。抵抗が激しく、女子供見境なく殺したそうだが、おそらくそれは違う。兵の大半は報復を叫んでいた。市民を見殺しにしたという罪悪感もあるだろう。身内の安否に不安を覚え、その不安を怒りに変えてぶつける者もいただろう。特に我が「少年隊」はブリタニア出身者ばかりで年若いこともあり、復讐心に猛り狂い、ここまでの戦いぶりは野獣そのものだった。  中隊が村の近くに集結を完了し、デクリウス十人隊長は中隊の会議へ出かけた。残った私とアウルス、ガイウスは近くで戦死したプブリウスとクゥイントゥスを埋葬するために再び大弓のところへ行き、遺体を集めた。プブリウスとクゥイントゥスの他に村の者が3人と、エシエンの遺体があった。プブリウスとクゥイントゥスを埋葬し、墓を建てた後で、私はエシエンと3人の遺体も埋葬した。アウルス、ガイウスも私を気遣い手伝ってくれた。エシエン以外の3人も知った顔だ。二人は10代前半で、一人はまだ9歳だ。  大弓を確認すると、私が作ったものだ。軍団兵の盾を一撃で破壊できる自信作で、エシエンに使い方を教えたのも私だ。矢先の刃を通常の物よりも広くしてある。射程は短くなったが殺傷範囲が広がり、盾を貫くだけでなく、真っ二つに引き裂ける。結果的にこの大弓がクゥイントゥスとエシエンの命を奪った。 もしかすると、父とブランウェンの命を奪ったのもこの大弓かもしれない。大弓を作った時の情景が頭に浮かび後悔の念が湧いてきた。あの時は改良のたびに大弓の性能が向上していくのが楽しく、夢中で改良を重ねていた。エシエンやイケニの若者達にも性能を自慢したくて、使い方を教えた。エシエンは大弓の威力に驚き、はしゃいでいた。あれがいけなかったのか。
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