第1話

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 全面、花柄。懐かしさより、自分がこんな派手な本を持っていたという驚きの方が大きかった。  表紙には、薔薇の花弁がビッシリ敷き詰められた壁が描かれ、中央には小さく、額に入れられた絵画が飾られている。ルノワールの〈春の花束〉を模しているらしいけれど、春と夏では咲く花も違うし、似ているのは構図だけで、高圧的な配色はルノワールの繊細な筆遣いとは程遠い。  文庫になるのが待てなかったのか――こんな本を気に入っていたなんて、間違いなく若気の至りだ。  でも興味が無くはない。パラパラとページをめくると、見覚えの無いしおりが挟まっていた――四つ葉のクローバーを押し葉にしてラミネート加工したようなものだ。  そこに描かれた場面では、主人公の元恋人が部分的に記憶を失って「お前を愛しているし、その愛を失ったこともないし、俺達が別れたなんて信じられるか」と鬼気迫っていた。十代の頃は、この溢れんばかりの熱量が魅力的だったはずだけど、今では一歩後ずさりしてしまいそうだ。正直、重い。  しかしなんでココにしおりを挟んだんだろうか――クローバーを鞄に放り込んで考えた。  以前はよく、気に入った場面に押し花を挟んでいた。でも今回は、登場人物の台詞や前後の情景を読み返しても、ここに目印を残すような理由は思い当たらない。物語の結末は知っているから最後まで読み終えているはず――まぁ多分、単純に読み直しの途中でしまいこんでしまったんだろう。大したことじゃない。  西山実里には思い入れがある。でも最近全然読んでないし、新刊も探さなくなって久しい。 少し読み返して、まあまあ面白そうな気はしたけれど、価値観がすっかり変化した今、この物語がかつてのように恋愛の指南書として胸を熱くさせることはもう無いだろう。  名残惜しさを感じつつ、薔薇色の派手なハードカバーを〈降格組〉の箱にそっとしまった。
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