惹かれた

2/2
前へ
/16ページ
次へ
初めて自分という生き物が見られた気がして、嬉しかった。 会った回数は二度しかないのに、俺は彼女に惹かれ始めていた。 まだ彼女と関係を続けていたい。 俺の我儘で、突然来るお誘いのメールにも、彼女は対応してくれた。 いつか彼女が俺を好きになってくれたらいいと、精一杯甘く、優しく愛した。 行為後の彼女の対応は業務的なものだったけど、媚びず、『俺』と話してくれる彼女を愛していた。 __やがて、俺に、政略結婚の話が来た。 相手は、大企業の令嬢。 綺麗な人だったが、あの彼女には適わないと思った。 俺はこれっぽっちも令嬢のことを愛してなかったが、これから結婚しなければいけない相手なので、丁重に扱った。 ある日、令嬢から食事に誘われた。 話したいことがあるという。 呼び出されたのは日本家屋の和風料理亭。 それぞれの個室が和室で、二人きりで話すにはうってつけだった。 「……好きな人が、いるでしょう?」 唐突に、そう聞かれた。 心臓が大きく鳴り出す。 「どういうことですか?」 「あなた、好きな人がいるでしょう。見ていれば分かります。私を見ていても、貴方の瞳は別のものをうつしてる」 「……」 言葉に詰まった俺。 だが、令嬢は再び口を開く。 「私も、です」 「え……?」 「私も、好きな人がいます。恋人がいました。でも、会社のために別れなさいと言われて、仕方なく……」 令嬢の目に涙が浮かぶ。 「結婚の約束までしてたんです。だから、多分私、あなたの事は愛せません……」 「……僕も、同じです。好きな人がいます」 自分には愛している人がいるから、俺の事を愛せない。 多分、言おうかどうか迷ったのだろう。 お互い愛する人がいて、会社のためだからと諦め、政略結婚……。 「つらいですね、お互い」 令嬢がつぶやいた。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加