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初めて自分という生き物が見られた気がして、嬉しかった。
会った回数は二度しかないのに、俺は彼女に惹かれ始めていた。
まだ彼女と関係を続けていたい。
俺の我儘で、突然来るお誘いのメールにも、彼女は対応してくれた。
いつか彼女が俺を好きになってくれたらいいと、精一杯甘く、優しく愛した。
行為後の彼女の対応は業務的なものだったけど、媚びず、『俺』と話してくれる彼女を愛していた。
__やがて、俺に、政略結婚の話が来た。
相手は、大企業の令嬢。
綺麗な人だったが、あの彼女には適わないと思った。
俺はこれっぽっちも令嬢のことを愛してなかったが、これから結婚しなければいけない相手なので、丁重に扱った。
ある日、令嬢から食事に誘われた。
話したいことがあるという。
呼び出されたのは日本家屋の和風料理亭。
それぞれの個室が和室で、二人きりで話すにはうってつけだった。
「……好きな人が、いるでしょう?」
唐突に、そう聞かれた。
心臓が大きく鳴り出す。
「どういうことですか?」
「あなた、好きな人がいるでしょう。見ていれば分かります。私を見ていても、貴方の瞳は別のものをうつしてる」
「……」
言葉に詰まった俺。
だが、令嬢は再び口を開く。
「私も、です」
「え……?」
「私も、好きな人がいます。恋人がいました。でも、会社のために別れなさいと言われて、仕方なく……」
令嬢の目に涙が浮かぶ。
「結婚の約束までしてたんです。だから、多分私、あなたの事は愛せません……」
「……僕も、同じです。好きな人がいます」
自分には愛している人がいるから、俺の事を愛せない。
多分、言おうかどうか迷ったのだろう。
お互い愛する人がいて、会社のためだからと諦め、政略結婚……。
「つらいですね、お互い」
令嬢がつぶやいた。
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