儀式

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儀式

 冷たい石壁に囲われた暗い地下牢に罪人として幽閉されているのは、この国の“元”王子であるレオであった。  かつての輝かしい金の髪は薄汚れ、白い肌はより一層病的なほどに青ざめていた。  なぜ王族であったはずのレオが罪人へとなり果ててしまったのか。その全ては王である父の死がきっかけであった。  ある朝、レオは幾人もの足音とけたたましいほどの怒声で目覚めた。そして起きて間もなく床に引きずり降ろされたレオが告げられたのは、身に覚えのない王殺しの罪であった。  ――  ―――――  ――――――――  ガタン、と重たい金属の扉が閉じる音と同時に灯される赤い火のゆらめき、普段暗闇の中にいるレオはその淡い光にさえ、まぶしさから目を細めてしまう。  「レオ様...」  そうして向けられる優しい声音に、レオは目を光らせて顔を上げた。  「エドモンっ、」  そう呼ばれた男は廊下の鍵を開け、再び閉めると寒さで震えるレオを抱きしめるようにして隣に寄り添った。  「申し訳ありません...私が至らないばかりにレオ様にこのような生活を...早く、早くレオ様を外の世界に救ってさしあげたいのに...っ、」  「いいんだ、私はこうしてお前が冤罪であると信じてくれているだけで」  淡い光に照らされるエドモンの容姿は美しく、高い鼻梁や優しげに垂れた目尻は麗人というに等しい顔をしていた。そんな美しい存在はかつてのレオの側近、騎士であった。  しかし、レオが失脚した今、優秀な騎士であるエドモンはある条件を元に、現王である弟、シュリの騎士として生きている。その条件こそが...―― レオを殺さずに生かしておく代わりに王に忠誠を誓え、というものであった。  「エドモン...私は惨めだ。弟であるシュリに嵌められたとは言え、このようにお前の重荷となって生きながらえている。かつてのように背を並べることもできない。毎日思うのだ。なぜ自分が重荷になってまでして、生きているのか、と」  兄であるレオを貶め、王になったシュリ。それを知りながらもレオを救うためにシュリの騎士となったエドモン。自分が生きているせいで王への誓いを強いられているのだ。  「それに、この傷...これはまたシュリにやられたものであろう。...お前の綺麗な体に傷が増えていくのも見るのが辛い。全て、私のせいだ」  そう言い、レオはエドモンの頬にある真新しい切り傷に指を滑らせる。  エドモンは王に誓いをしたものの、根に住み着いた憎しみは消えず、滲み出るそれを感じ取るシュリによって毎夜痛めつけられていた。  「いっそのこと殺してくれ、もうお前の重荷として生きていくのは―――― っ、ん゛んッ、」  「なぜ...なぜ、そんなことを言うのですか...っ、レオ様がいなくなるなど、私にとって死よりも辛いこと」  エドモンの口付でレオの嘆きは止められる。耳元で紡がれる言葉はレオの望む死に嘆き悲しんでいた。  王族には珍しいと言われた剣筋によって鍛えられていた体は痩せ、レオの体はエドモンの胸に収まってしまう。  「すまない...すまないエドモン...でも私はそんなお前を...――― 愛してしまったんだ、」  「レオ様...」  「こんな私のために身を削るお前を、献身的なお前のことが...だからこそ、私はお前の重荷として生きているのが辛いんだ」  エメラルド様の瞳から涙を零れさせるレオ。薄いその唇は赤く色づいており、悲嘆する。  「レオ様...待っていてください。必ず...必ずや、この私がレオ様の無実を証明し、再び元の世界に連れ戻します...だから、だから...それまで生きてください。私のためを思ってくださるのならば、、生きて、待っていてください」  血の繋がっているはずの人間に裏切られ、失ったものは数知れず。しかしその代償に得た従者への愛情は何よりも大きなものであった。  ―――  ―――――  ―――――――  「また、やっているのか」  騎士であるエドモンの私室へやってきたシュリは彼の毎夜の“儀式”にため息をする。  「やはり、顔に傷がつくと、レオ様は一層慈しんでくださる。あぁ、たまらない、誰をも魅了していた男らしくもあり、美しい高嶺の花であった人間が自分のものになるなんて」  そう興奮気味に口走るエドモンは自身の血の付いたナイフを机に置いた。そして鏡で顔についた傷を見て歪んだ笑みを浮かべる。  「吸い付くようにきめの細かい白い肌。赤く色づいた唇。私だけを見つめる宝石のような瞳、すべて私のものだ。誰にも渡さない、レオ様の全ては私のもの」  股間を昂らせ、布地を押し上げるそれをシュリは見て見ぬふりをし、再びため息を吐く。  今シュリは王として君臨していた。...――― エドモンが考えたシナリオによって。  シュリは王になることを条件に兄であるレオを陥れ、エドモンに売ったのだ。  美丈夫でカリスマ性もあり、次期王として輝いていた兄がいることで弟である自分は落ちぶれ、周りからも全く期待されていなかった。  ― 王になど、なれるはずがなかったのだ  しかし、そんなシュリに甘い誘惑をかけてきたのがエドモンだった。  兄のことを羨んではいても恨んでなどいなかった。だが、自分もまた、王になり、一国を築きたかったのだ。  「あぁ、シュリ、決めたよ。明日からレオ様をこの私の部屋に住まわせる。そうして全ての世話を私がするんだ。そうすればレオ様の全てがみれる。レオ様の美しい顔も、色香を放つ肢体も、芳しい匂いも、甘い囁きも...あぁ、愛しいレオ様に早くこの熱を突き挿れてさしあげたい」  恍惚とした顔のエドモンを見て、シュリは心の中で憐れな兄にさよならを言った。  end.
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