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公式ストーカー
「あ〜、これはやっぱり俺史上一番好きな写真!ん、いや、待てこれも中々...この、お腹が空いてる時の顔も最高に可愛い!だめだ、やっぱり全部良過ぎて順位つけられないよ」
部屋に散らかる写真の数々。それは全て1人の男が写っているのだが、どれもこれも無表情のものばかり。しかし、自称恋人であるこの男、保志にとってそれらは全て感情豊かで心揺さぶる輝かしいものに見えていた。
「はっ、そろそろ合コンが終わる時間...っ!やばいやばい、急いで出なきゃ」
時計を見て、保志は慌てて外出の準備をする。元々荷物を置きに家に帰ってきただけのはずが、ついつい写真に見惚れ時間を忘れて悶えてしまっていた。
— 本当だったらあいつが他の女と何を話してどんな顔をするのか監視する予定だったのに...っ。
こんな宝庫のような部屋なのだ、お気軽に家に帰ってくるものではないなと改めて思った。
「そろそろ、これも交換時かなぁ」
ズボンを履き替えていて鏡越しに写る自身の下着。これは元々あいつ、高也のものだ。高也が履いた下着を手に入れるために同じものを買い定期的に交換していた。
— 高也が何度も履いた物を身に付ける瞬間が最高に興奮する。これだからやめられないんだよね!
そういえば最近また新しい下着あいつ買ってたな、と次に買うものを思い出しながら保志は部屋を後にした。
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「高也!!だ、大丈夫か!?何もされてないか!?」
目的地についてすぐ、ちょうど店から出てくる高也を発見し保志は慌てて近寄った。
「ああああ!!夜に見る高也の顔も相変わらず格好良くて好きぃ!でもでも薄暗いからかなんか少しスケベな感じがしてそれがまた好きだ!やっぱり生の高也が一番だよ!」
高也の周りにいたヒエラルキーでいう頂上に君臨する奴らは激しく引いた目をしてこちらを見ていたが保志自身、高也のことしか頭にないため特に気に留めることもなく高也を見つめる。
「悪い、こいつも来たし俺帰るわ」
いつもの無表情で高也がそう言えば、ブーイングの嵐が巻き起こる。
「えー!まじかよ、いいじゃんこのままカラオケ行こうよ」
「そうだよ、高也君も来てよ」
男共も女共も、煩いくらいに高也を誘う。しかし...———
「煩いぞお前ら黙れ!!ほら、よく見てみろ!お前らが煩いから段々高也も怒ってきてるだろ!」
そう言い保志は高也の顔を掴み、ブーイングする塊たちに向ける。
しかしその顔はやはり無表情で怒りなど微塵に感じられないし、寧ろ顔を鷲掴みにしてるお前が怒られるのではと一同は思った。
「お前、本当キモいわ。付き合ってらんねぇ。それじゃあ高也、気が向いたらいつでも連絡してよ、待ってるから」
保志の言動に遂には圧倒され、バラバラと皆離れていく。
その様子を見て保志は満足気に腕を組んだ。
「あ、機嫌治ったんだね!よかったよかった」
そして誰が見ても無表情にしか見えない高也を見て、保志はそう嬉しそうに笑んだ。
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「誰とも何もなかった?俺ね、本当に心配で心配で」
地下鉄を降り、住宅街に着いた頃。保志はチラチラとこちらを見ながらもう何度目になるか分からない質問を投げかけてきた。
「何もねーよ。てか、いつもお前みたいなの見てるから他の見ても物足んねぇし」
そう答えれば「え、それってどうゆうこと!?」と隣で歩く俺のストーカー兼幼馴染は再び騒ぎ始める。
「つーかさ、なんで今日は店の中にいなかったわけ。俺、今日合コンあるって言ったよね?」
「や、それがさ、荷物を置きに家に帰ったんだけど、その、あの、えと、ちょっと色々あって気がついたらあっという間に時間が経っててさ!あれは俺も一生の不覚と言うべきか、もう後悔しまくりで————」
「他のやつといたのか」
長々と言い訳をする保志に続けて質問する。そうすれば、保志はゴクリと唾を飲み込み伺うようにしてこちらを覗き見てきた。
同じような身長差であるが、保志は猫背のためやや上目遣いのようになる。
「そ、そんなわけないよ!だって、俺、高也以外の男、ってか人間に興味ないし!高也も俺には昔から優しいし、それに俺は高也に救われたから今もこうして、」
「何それ、まるで俺とお前が付き合ってるみたいじゃん」
「つ...つつ、つつつ」
「付き合ってる、もん」と蚊の消え入るような声で保志は呟き、高也は聞こえないフリをした。
— あぁ、可哀想な保志。俺に好かれたばかりにお前は孤立してどんどんおかしくなっていく。
昔から感情豊かで明るい保志とは正反対な、無表情で感情の読めない高也は周りが不思議に思うほど仲が良かった。それもこれも、保志が高也の感情を読み取ってくれるからだ。
そんな保志が高也にとっての唯一無二の存在であった。だから明るくて人気者だった保志を独り占めするために...————
学校帰りに暴漢装って犯して人間不信になっているところを親身になって救ってやった。要は自作自演だ。それもあって保志は引きこもりを経て高校を中退。今はこうして外に出られるようにはなったが、大学に入学した高也とは違い進学することもなくフリーターをしている。
あの時の、暴漢のフリをして保志を犯した時のことは今でも忘れない。泣き喚いて逃げようともがくその体を組み敷いたあの快感といったら...
「なぁ、聞いてる?明日高也の家に行きたいけどいいかって何回も聞いてるんだけど」
「あぁ、悪い聞いてなかった。別に来てもいいけど」
「何しにくるの」と聞けば保志はごにょごにょと聞き取れない言葉を呟き始める。
— まぁ、どうせ下着の交換にでもくるんだろ。
理由をわかっていて聞くのは、保志の反応が見たいからだ。子どものようにコロコロと変わる感情、表情が愛おしい。
— 絶対に離さないよ、俺の可愛い可愛いストーカーさん。
その時、俯く保志には見えていなかった。
いつも無表情な男の顔に、暗い笑みが浮かんでいるのを。
end.
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