聞かせてほしい、その耳を穿つ声を

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結局その日は五、六人しかお客さんが来なくて、ほぼほぼ掃除だけで閉店してしまった。ロッカーに突っ込んでいた荷物を出していると、後ろから衣於吏さんの声がした。 「都築くん、良かったらなんか食べて帰りなよ」 「いいの?」 「いいよ、食材余ったんだ」 だろうな。育ち盛りにはありがたい。 「じゃ、遠慮なく」 しばらく拭いたばかりのテーブルで待っていると、衣於吏さんがオムライスを持ってきてくれた。お客さんに出すものはこんなことしてないが、明太子ソースでネコらしき絵が描いてある。 「へったくそだな」 「えー、けっこうカワイイでしょー?」 メイドカフェなら一発で面接落ちてるわ。 「いただきます」 「はい、どうぞー」 しばらくすると、カフェオレのカップを持った衣於吏さんが俺の正面の席に腰を下ろした。 「都築くん自転車じゃなかったっけ?」 「そうだけど?」 「まだ雨ひどいでしょ。今日、旦那が来てくれるから都築くんも乗せて帰ったげるよ」 四年間バイトをしているが、衣於吏さんが愛してやまない旦那に、俺は会ったことがない。 「……お言葉に甘えて」 俺はなるべく平静を装ってオムライスを口に入れた。もうネコの絵は半分くらい食いちぎられている。 「ねぇ都築くん、美味しい?」 やや薄い、けれど優しい味付けは、掛け値なく美味い。 「美味いよ。衣於吏さんの料理はどれも」 「へへー」 彼女は無防備にニタニタ笑う。いつも彼女は人が自分の料理を食べるのを嬉しそうに眺めるのだ。 「都築くんはここでバイト始めて随分経つねー」 高校生の頃からだから、考えれば長い仲である。 「そーだな、世話になってマス」 「ふふー、こちらこそー」 含み笑いが気持ち悪い。カフェオレを一口飲むと、彼女は晴々とした顔で言った。
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