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「じゃぁ、僕はパパですね。ノア君のパパかぁ、それもいいかも」
愛理は立ち上がると、床で正座をさせられている矢島君に向けてキックをお見舞いしていた。大丈夫かな、お腹押さえて、かがみこんでるよ。
わかってる。ノアは湊馬に懐いてる。湊馬と養子縁組までしちゃえば、スチュアート家も諦めるかもしれないって。それはジョーイの資産管理でお世話になっている彼の弁護士さんからも言われたこと。でもね。
「別にジョーイさんのこと忘れろってわけじゃないんだからさ。とりあえず、入籍して今の難局乗り切って、それでもどうしても世良湊馬とは無理って思ったら、またその時考えればいいんじゃない?ノアの生物学的父親はジョーイさんであることは未来永劫、変更はないし、それについては世良湊馬はちゃんと理解してる。凜がジョーイさんのこと忘れられないことも。でもこの世に実在しているのは世良湊馬でジョーイさんじゃないんだよ」
「わかってる」
私が意地はってることなんて愛理は先からお見通し。私は湊馬が好きだし、そうゆう気持ちをもつことに罪悪感があることだって全部承知。もうじき、ノアも4歳になる。そろそろ、そんな風に思ってもいい?
「いい子だから、サインしようか、意地っ張りの凜ちゃん」
でも、このままってちょっと悔しくない?
「だったら、愛理もサインして」
私は何も書かれていないもう1枚の婚姻届を差し出す。私が破り捨てることもあるかもしれないからと、何枚かストックを持ってきているんだもん。用意周到すぎない?
「証人のとこなら、もう書いたけど」
「こっちの欄」
婚姻届の『妻になる人』欄を私は指す。
「はぁ?これは世良湊馬と凜の婚姻届だってば。あのね、凜、ホントに私と世良湊馬の間には清い川しか流れてないのよ」
「知ってる。酒豪の飲み友達」
「じゃぁ、なんで?」
「矢島君、夫になる欄に名前、書かせてあげる」
大人しくオスワリをさせられていた矢島君に意地悪く微笑みかける。
「矢島君、ここにササっと書いちゃって」
状況を読み取った彼の行動は早かった。私の前に置いてあったペンをとると、スゴイ勢いで、でも丁寧に住所と名前を書きあげる。
「じゃぁ、私もサインするから、愛理もサインして。矢島君、ペン他に持ってる?愛理がサインするなら私もするよ。愛理がサインしないなら、私も絶対しない」
絶句してフリーズしている愛理。もしかして、愛理から1本とったの、これが初めてかも。
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