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「すごい泣いたんだって?」
病室に現れた湊馬の声で後ろを振り返る。ナースステーションで話、聞いちゃったのかな。
「私の出張で水族館行けなくなっちゃって。愛理たちに替わりを頼んだんだけど」
私は拗ねてベットの脇に丸くなっているノアの頭を優しく撫でながら答える。
「ママと、ママと」
またノアが泣き出しそうだ。
「じゃ、これから行くか?ノア」
何を言いだすの?湊馬の一言に私は慌てる。これ以上、状況を混乱させないで。やっと落ち着いてきたのに。
「ママと行く?」
ノアが湊馬の声に反応して、ベットから起き上がろうとする。
私は慌てて、右腕と右足にギブスをはめられているノアに手を添える。
「ごめんね、ママ、今回は無理なの。愛理と矢島のお兄ちゃんが連れて行ってくれるって」
また、同じことを繰り返す。
「今から行けばいいじゃん。外出許可、俺出すし。品川なら間に合うから。準備するか、ノア?」
言うが早いか、ノアを抱え上げると、湊馬はナースステーションに寄って、馴染みらしい看護師長と話をしている。苦笑いの看護師長に手を振ると、そのまま、また歩き出す。もう夜の7時近いし、水族館行けとも1時間くらいしかいられないのに。でも1時間くらいなら、ノアの寝る時間を考えれば丁度いいくらいなのかもしれない。いろんなことを計算している自分。行く気になってるし。
湊馬の車に乗ったノアはテンションマックス。水族館について、湊馬に抱っこされたノアは大きな水槽、小さな水槽を1個ずつ眺めながら、すっごいご機嫌ではしゃぎまくった。近くのファミリーレストランに入った頃には、スプーンを持ったままオネムモード全開。
「あの、ありがとう。ノア、すっごい喜んで」
おずおずと湊馬と向き合って、お礼を口にする。ノアとの約束を守れたことに心底ほっとする。そういえば、こんな風に湊馬と食事をするのって、いつ以来?
「はしゃぎ過ぎて、電池切れって感じだよな」
湊馬がノアを見ながら優しく笑う。子供、好きなのかな?子供とか嫌いそうなイメージあったけど。
ベンチシートの椅子にノアを寝かせる。さっきまで大泣きしてたくせに。
「水族館、2度目じゃない、凜と来るの」
湊馬の一言に福島の水族館に行った日が蘇る。あれから、すっごい長い時間が流れたような気がするけど。
食事の会計も湊馬が出すって言ったけど、さすがに。私が会計している間に、ぐっすり夢の国のノアを抱っこしてくれて、そのまま車の中。
後ろの席にノアと私。
「今度、チャイルドシート用意しておくわ」
湊馬の一言にうろたえている自分に驚く。だって、そんな必要ないでしょ。今回は緊急事態だっただけだし。
湊馬ったら、何言ってるんだろ?
今度って、次もあるような言い方ではない?
「俺んちでいい?」
最初の湊馬の一言に動揺している内に、次の処理しなきゃいけない案件が飛んできた。今、何て言われた?えっ、えっ、そうゆう流れ?
「別に取って食ったりしないから。今、すげぇ、困った顔してた」
言葉が切れる。
「どうせ、ノア、明日病院に戻さなきゃだろう?朝、まず凜を家まで送ってから、俺、連れてくわ。ベットは凛とノアで使えばいいから。俺はソファーに寝るから心配しなくていい。」
何も答えられずにいる私にバックミラー越しに微笑む湊馬。久しぶりにみる、あの口角だけ上がるいつもの湊馬のシニカルな笑い。変わってないね。
湊馬のマンションは前と同じままだった。駐車場に着いて、ノアを起こさないように抱っこしてくれた湊馬は私に鍵を渡す。このキーホルダー、私が愛理経由で返したやつだよね。じっと渡された鍵とキーホルダーを見つめてしまった。
「俺んとこに2度も戻って来ちゃったやつね」
エレベーターの方を見ている湊馬の顔は彼の後ろに立つ私からはよく見えない。
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