182人が本棚に入れています
本棚に追加
湊馬の部屋の玄関を開ける。入るのを躊躇している私を見かねてか、先に入った湊馬から声がかかる。
「ここは俺一人しか暮らしたことないから。除く凜だけどね」
奥さんだった人とはここで暮らさなかったんだ。ちょっとだけ、安心して中に入る。
部屋はレイアウトも家具も何も変わっていない。
湊馬はベットにノアを横たえると、布団を軽くかけて、寝室の電気を消した。
「何か飲む?」
キッチンに立つ湊馬から声がかかる。
「あ、じゃあ、コーヒー、じゃなくて、お水でもなんでもいいです。私やります。運転してもらって、ノアのお守りまで、疲れたでしょう。ホント、今日はいろいろありがとうございます」
私はソファーに腰掛けようとしたところを、立ち上がる。
「じゃぁ、頼むわ、先、シャワー浴びてくる」
同じコーヒーメーカー。コーヒーの粉の場所も変わっていない。
水族館を回りながら、何度も『湊馬』と呼びそうになった。『世良先生』、最初そう呼んだ時、ちょっとだけ険しい顔をされたけど、もう『湊馬』とは呼べないよね。ちゃんと立場をわきまえて。
湊馬は部屋着をきちんと着てバスルームから現れた。
「コーヒー入ってます」
「サンキュー」
ダイニングで向かい合わせにコーヒーを飲む。昔、こんな風によくコーヒー飲んだよね。
ダメだ、さっきから思い出モードのスイッチが入りっぱなし。
「湊馬でいいから」
カップから顔を上げた私に湊馬は視線を合わせてくる。いきなり何かと思ってしまう。呼び方、気になってたんだ。
「世良先生は勘弁。あと、タメグチでいいから。凜から『世良先生』って病院で呼ばれるたび、気持ち悪いだけだから」
「気持ち悪いって、だって先生だし。ノアの主治医の世良先生だし」
「それ以上言うと、押し倒すよ」
かなり気に入らないって顔をしたよね。学生の頃、よくそんな表情してた。
最初のコメントを投稿しよう!