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数日後、どこへ行くのかと煩く付きまとう蝶子を巻いて、栄はまた篠上診療所を訪れた。
夜に訪れた篠上診療所は、知らなければ空き家と間違えそうなほど損傷が激しく見える。
篠上は伝手を使って解剖した、と前置きした後、淡々と結果を述べた。
「猫の死因はシアン化合物による中毒死。俺は林檎の箱を確認していないが、中央部に青酸カリ漬けの林檎でもあったんじゃないか? 猫の腹の辺りにも多量の青酸カリが付着していた。その林檎の箱、どうした?」
「それは、あの……蝶子が……」
「まさか、処分したのか?」
あの日、篠上に言いたいだけ言われて帰された蝶子は、栄の部屋へと戻り、その林檎を箱ごと大学内の焼却炉にて処分したというのだ。
栄は勝手なことを、と蝶子と口論になったが、危険物を長く置いておけなかった、と涙目で訴える蝶子に、あまり強く言い返すことも出来なかった。
「……すまん」
「その気もないのに、鍵なぞ渡しておくからだ」
「それは……そうだな」
別に鍵を渡したつもりはないのだが、ハナの餌など頼んでいるうちに、勝手に合鍵を作られてしまったのだ。
蝶子はいつも思ったことはすぐ行動し、悪気は全くない。
中学からの付き合いで、まして女に惹かれない栄からすれば、面倒ではあるが男に付き纏われるより余程、安全だ。
「青酸カリ漬けの林檎……肺、肝臓……、なるほど……?」
「篠上?」
「お前、アラン・チューリングを知ってるか?」
「アラン……?」
「アラン・チューリングは簡単に言えば元祖パソコンの生みの親で、ドイツのエニグマなど超難解な暗号解読などの功績もある。所謂、天才だ」
「それが?」
「アラン・チューリングはその功績は素晴らしいのに、とある罪で有罪判決を受けた」
「罪……?」
「男色だ」
十九世紀のイギリスでは同性愛は罪に値し、女性ホルモン注射を受けることを条件に執行猶予を得たアランだったが、青酸中毒により自殺したのだと、篠上は眉一つ動かすことなく続けた。
「アランは白雪姫が好きで、自死の際、毒林檎を使ったんじゃないかという説がある」
「白雪姫? それが、どう関係してるんだ?」
「諸説あるが、白雪姫の原作では白雪姫を殺そうと企んだ継母が、猟師にこう命じる。殺した証拠に肺と肝臓を持ち帰れ、と」
「肺と肝臓……」
「そう。本田と倉橋の体からは肺と肝臓が持ち出されていた。犯人は悪寒が走るほどロマンチストらしい」
「じゃあ、犯人はその毒林檎で俺を殺そうとしたって言うのか?」
殺したいほど憎まれるとしたら、あの人しかいない。
「お前があの林檎を食して死んでいたら、現場は正に白雪姫。気持ちわるっ」
「はぁ……?」
「お前のソレはワザとなのか? それとも、本気で分かってないのか?」
「は?」
「犯人を炙り出す。もちろんお前にも手伝って貰う。まぁ、お前の納得いく結末になるとは、限らんがな」
栄は篠上の言う通り、手筈を整え、その日を待った。
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