りっちゃんとおむすび

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りっちゃんとおむすび

 バタン、とドアが乱暴に閉まった音に、よけい腹が立った。  それは、そういうふうに玄関を開けたぼくが悪かったのだけど、だって仕方がないじゃないか。  田中くんがぼくのゲームのデータを消した。  まぁ、わざとじゃない。田中くんとは小学校に入学してからずっと同じクラスで、話も一番合うし、遊んでいて楽しい。スマホとかパソコンにも詳しくて、みんなからちょっとソンケーされてる。ぼくだって、そうだった。  だから今日塾に行ったとき、最近スマホの動きが重たいって話を持ちかけた相手も、田中くんだった。田中くんは、「ああ、そりゃムダなデータが溜まってるんだよ。キャッシュクリアすればイッパツだって」と言った。  うちの一家はとうさんもかあさんも機械オンチで、ふたりの息子であるぼくもそうだった。  だから、きゃっしゅくりあ、が何なのかもわからないし、どうすればできるのかもわからない。そもそも、スマホの中にムダなデータが溜まってるってどういうことだろう?   そんな思いが顔に出ていたらしく、田中くんが笑って手を差し出してくれたから、ぼくはすんなりスマホを渡した。  ほら、ここの設定画面から入ってさ……なんて言いながら操作している田中くんの背後で、ふざけて遊んでいたヤツらが、ドンっとぶつかってきた。  はずみで、ぼくのスマホの上にあった田中くんの指が、思いっきり変な方向に滑った。  その瞬間、ぼくと田中くんはそっくりな顔をしていたと思う。おんなじ予感がピシャッと走った。ぶつかってきたヤツらが謝ってきたのも聞かないで、田中くんはスマホをあちこちタップして何かを確かめている。  そしてこうつぶやいた――あんすとしちゃった、って。  ――えっ、あんすとって? なに?  ――いや、だから……データ、消えちゃった。  ――……えっ?! なんで?! どうして?!  ――ぶつかられたとき、間違えたトコ触っちゃって……    でも、大丈夫だって! データ引継ぎすれば元通りに……  ――え、ひきつぎ? わかんないよ、そんなの……!    ひどいよ田中くん、せっかくがんばって集めてたのに!  ――は? しょ、しょーがねーじゃんジコだろ、ジコ!    っていうか、引継ぎ設定してないとか、おまえだって悪いんじゃん!  ……思い出したらすっごくムカついてきた!!  なんだよ、どう考えても悪いのは田中くんじゃんか! それをこっちのせいにしてくるなんて、どうかしてるよ!   ……あのゲームは、田中くんが勧めてくれたから始めたのに。  かあさんにお金使うのはダメって言われたから、コツコツ時間をかけて、ちょっとずつモンスターを強くして……田中くんとバトルするの、すごく楽しかったのに……ホンット、あんなヤツだなんて思わなかった!!  おなかがグツグツ煮えるように熱くて、なのに胸は空っぽになったみたいに冷たくて、塾の授業の内容もろくに耳に入らなかった。    友達にも、当然田中くんにも口を利かずに、ひとり怪獣のようにノシノシ歩いてぼくは家に帰ってきた。  シューズも脱ぎ散らかして、そのまま二階に上がってベッドにダイブして寝ちゃおう……それしか考えられなかった。けど、 「おかえり」  リビングから出てきた誰かの声で、はっとした。  かあさんじゃない。かあさんは、今日はパートで遅くなる日だ。  それにもっと若い。担任の篠原先生よりも、もう少し若い。だけど――ぼくよりはずっと年上の、ジョシダイセー。  りっちゃん。  かあさんのねえさんのむすめさんだから、いとこ。  それで今は、ぼくの隣の部屋に住んでいる。  そのりっちゃんはちょっと釣り目でクールな顔を、ふっと笑わせて、こう言った。 「ちょうどいいや、さっきお米炊けたとこなの。夕飯前におむすび、作るったげる」  そうして優しく、ぼくの頭を撫でてくれた。
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