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「驚きました?」
そこにはマスクもしていない紫央がいた。イタズラを成功させて喜んでいる。マスクはどうしたとか、そのままで人に会っていないかとか、普段なら言う小言も吹き飛んだ。紫央が笑っている顔と持っていた桃色のシロツメクサがダブって見えた。
モモイロシロツメクサを見た時にも感じたものだ。私にとってモモイロシロツメクサは、紫央だ。舞台のライトを独り占めしているような紅一点の存在。
ようやく合点がいき、口を緩ませる。表情の変化が乏しい自覚はあるが、人に分からないくらい僅かに口角が上がった。それだけでも紫央には分かるらしい。
「なにがおかしいの?」
「いや、なんでもない。さあ、帰るぞ」
それだけの返事で不満気ではあるが、紫央は黙って着いてきた。紫央の歩調に合わせて、ゆるりと歩く。腕を絡めてきた紫央は上機嫌で、心底安心した。
後日、モモイロシロツメクサとシロツメクサは、玄関を彩っていた。ホワイトボードには、達筆な字で唯一無二とだけ書いておいた。
紫央に伝わっているか分からないが、喜んでいるのは間違いなかった。
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