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秋の中庭は涼しいが、落ち葉と金色の空がとてもきれいだ。藤子さんによく映える。
「…気を悪くしないでください、藤子さん。でもどうしても言っておきたいことがあるんです。…藤子さん、あなたはもっと」
「聞いたんでしょう」
ぴしゃり。そんな感じのいい方だった。
「松原先生に何もかも…聞いたんでしょう、私のこと。母のことも」
「ええその通り。それを踏まえて言います、あなたはもっと自分を大切にするべきだ、ありきたりなセリフでもこれに尽きる」
お互い、言葉にとげを帯びているように感じる。でも、きっとこんなに真摯に向き合ったのは初めてなんだ。
「…そんなこと」
「僕は怒っています。黙って聞きなさい」
負けない。
こんなこと、花言葉で語れるものか。
「あなたはきっと、お母さまのことやお父様のことで自分にかなり負い目を感じている。あなたは長い間、精神病の母親を看病し自分の才能を生かし有名なイラストレーターになって…もう十分、誰かに任していいでしょう」
「…馬鹿言わないでよ」
頬が紅潮する彼女。美しくて、どうしようもないその哀愁に僕は胸が張り裂けそうになった。
「私のせいなの!誰が何と言おうが、間違っててもそれでいいの!私…私のせいでしたって言わなきゃ、わたしのこれまでの努力はどうなってしまう?」
「努力?」
「そう!私、一生懸命に花言葉を覚えて、もう二度とおんなじ失敗を繰り返したくなくて、日常会話までできるようにして…バカだって思うでしょ?それでも、怖くて仕方なかったの!もう誰も失いたくなくて…バカみたいに必死だったの!わかって!」
「藤子さん!」
僕は叫んだ。
「藤子さん…あなたは幸せにならなくちゃ」
僕は言おうか言うまいか悩んでいたそれを言うことにした。
「藤子さん、好きです」
今ここにはバラもない。普通の人には、花言葉出会いを伝えるのは美しいかもしれない。でも僕らには言葉ほど美しいものはない。
「藤の花言葉は優しさ、決して離れない、です。僕にあなたを守らせてください」
「……」
「僕は耐えられない」
秋風が爽やかに僕らの間を走り去る。映画のバックグラウンドミュージックのように、病院のざわめきが遠く聞こえた。
ロマンチックだ、至極ロマンチックなのに。
「藤子さん」
どうしてそんな悲しい顔をする?
藤子さんは、まるで古いアルバムを見るような切ない目をしていた。僕は決して無理強いをしない。彼女が、自分から発する素直な声を、僕は待っているのだ。
「私」
藤子さんが震える声を聞かせてくれた。
「私…暖かさに慣れてないの。…ママが大好きだった…ううん、今でも大好きなの。だから、一生をかけてもあのころのような幸せを喜びを取り戻したいの。でもね、ママに日本語で話しかけるのがとっても怖い。失敗してしまいやしないかって、ショックを受けないかって…」
必死で花を変えては見せる彼女と母親を思い出し、また僕は目が熱くなった。あんなに一生懸命、一心に母のことだけ考えて花でしゃべりかける、僕の
想い人。
「…藤子さん」
いたい胸を必死でおさえ、僕は再び声をかけた。
「あなたは成長してるじゃないですか。僕に…第三者に話しかけている。これからもっともっと、あなたは言葉への、関係への恐怖を払拭できるはずなんです」
鬼灯の花言葉…自然美。
「藤子さん、あなたはとてもきれいだ」
それから、心の平安。
「僕に、怖いことを全部…遠慮なんてせずに全部ゆだねてほしい」
「梨木さん…」
彼女の悲しそうな表情に、僕はもはや驚かない。ほんとうに怖がりで、それでいて強い女性なんだと、僕は思う。
「梨木、蓮…ハスの花言葉は離れてゆく愛、です」
ふっ、と僕は思わず笑いを漏らした。
「ごめんなさい!私やっぱりまだ、花言葉に執着があって、怖くて怖くて仕方なくて、だから」
僕は今、藤子さんの悲しい顔を見られない。
遠ざかっているからじゃない、あまりに近いからだ。
僕は彼女から唇を離し、「ね、離れないでしょ、むしろ近づいたでしょ」と笑って見せる。
「なっ」
藤子さんは想像以上にご機嫌斜めになった。多分ファーストキスだったから。
「ねえ、そういう顔」
「はあ!?」
「もっと見せてよ、あなたのいろんな顔」
大きな口でくるくる変わる、華やかな表情。
藤子さんは動かない。呆然と、僕をまじまじと見る。
「ハスの花言葉は他にも、清らかな心、でしょ?僕絶対嘘つきませんもん、藤子さんには」
梨木の「梨」の花言葉は英語で「愛情」だ。花言葉に執着する彼女だ、知らないとは言わせないぞ。
「…藤子さーん」
僕は少し心配になって、彼女を呼んだ。彼女の肩は震えていた。
泣いている。
僕はその肩を抱こうとして近づき、拍子抜けした。
藤子さんは、笑っていた。
僕の望み通り、外国映画のワンシーンのように爽やかに。
「あっははははは!」
そして、元気に声を上げて。
ホッとした僕には、それが異様だなんて思えなかった。むしろ彼女が久々に感情を解放した、記念すべき瞬間だった。
「やだ、こういう時って本当はもっと、つつましく泣いたり微笑むべきなのに…私、私ね、すごく幸せ」
ああ、そんな風に笑う彼女のまぶしいことといったら!太陽が何個あっても追いつけないや。
「あのね、蓮さん」
背筋が伸びる。
今、名前で呼んだ。
「私も、あなたが大好き」
そして今、まさに夢の瞬間。
「あなたと、まろやかな毎日を作りたい」
そう言って笑う彼女の瞳は少し、熱い思いで光っていた。
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