6人が本棚に入れています
本棚に追加
丸の内の大きな出版社・「かたばみ社」が僕の職場。
「戻りました~」
「おー梨木ぃ」
「うおっ」
初夏のただでさえ暑い日にも関わらずに、この人は誰かれ構わず後ろから抱きつくから困ったもんだ。しかも萩野さんはその屈強な肉体で社内でもかなり有名なくらいだ。重いったらありゃしない。
「全く、この前新人の女の子ビビらしてたじゃないですか、セクハラで訴えられないのが不思議なくらいですよ」
「はは、そうか?癒しだよ、ヒーリング」
いやどこがだよ、疲労が増えるわ。
「ほんと、なんでこんなザ・デスクワークな仕事選んだんですかっ。格闘家になればいいのに」
汗ぐっしょりのワイシャツに加えてバッファローでも背負っている気分だ。でも不思議なことに、この人は重いわりに汗臭くもなくむしろ誰よりも爽やかだ。まるっきり不快だというわけでもない。
「まあまあ。そいで?今日は藤子嬢だったんだろ、お前もう慣れたのかよ」
「僕別に、皆さんが言うみたいに不快に思いませんよ、いい方じゃないですか藤子さん」
「いや悪い人ではないにしてもよ…やっぱ、一緒に仕事をするとなると、色々面倒じゃね?それにほらさ、俺が一番いやなのはあの仕事場よ。おれ、一回目で折れたもんな、お前よく3回も続いてるよ」
その言葉に、気づけばほかの仕事仲間も大きくうなずいていた。仕事に追われ徹夜3日目の編集長までもが手を止め、「あなたほんと優秀」とつぶやく。
「3回もって…たったの3回でしょ?大体、一人のイラストレーターでそんなに頻繁に担当者が変わるほうがおかしいですよ」
「ま、おれは去年一年間頑張って、ヘロヘロになってやつれたけど、しょっぱなからそんなに楽しそうなら永久に藤子嬢担当になってもらいたいもんだぜ」
「僕まだ入社して二年ですよ?もっとほかの仕事だって…」
と口では反論しても、僕はそれでもいいとちょっと思う。あんな綺麗な人のために働けるなら…。
「と、とにかく僕は萩野さんほど暇じゃないんで、これで失礼します」
「ふん、悪かったよ」
僕はもらったばかりのイラストと…あと、サインとスイートピーが入ったカバンを抱え、自分の机に戻った。
⚘ ⚘ ⚘ ⚘
藤子さんは、21歳の若さにして新進気鋭のイラストレーターとして有名だ。独特な色遣いやファンタジックなイラストが老若男女問わず大人気で、色々な会社と(それはもう、出版社はもちろん広告代理店や飲食店とも)契約を結んでいる。そのうちの一つが、我らがかたばみ社。僕が去年入ったところ。彼女のイラストが載った書籍は必ずと言っていいほどによく売れるので、かなり重宝されている。
ただ…彼女はどの会社でもこわごわと扱われている。
それは…彼女がほとんど花でしか会話をしないからだ。
・
・
・
・
・
・
・
・どういうことかって?
最初のコメントを投稿しよう!