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「いよっしゃあ!今月の月刊文藝、超超超売れてるぜ!続々と重版してるみてえだぜ!」
後ろから聞こえる声のせいで、一本前の電車に乗ったことを死ぬほど後悔した。誰だよ、珍しく早起きできて大喜びしてたのは。素直にいつも通り起きていれば、通勤ラッシュの駅で萩野さんに出くわすことはなかったのに。
「ちょっと!いきなり止まらないでくださいよ、人の波にのまれますよ!あなたただでさえその筋肉で場所とってんですから!」
「まあそういうなって、つれねえなあ」
あー朝からめまいがする。僕には今、健康な状態で出社できる自信がない。
「藤子嬢の巻頭イラストが目当てみたいだけどな、いやーただでさえ読者が多い雑誌だっちゅーのに、今までにない売れ様だぜ」
「…藤子さんかあ」
多分僕は、恋に落ちている。
――――否、疑う余地なく、ハートは射抜かれた。
「おめーさあ、この前藤子嬢の家に行ってからめちゃめちゃご機嫌だよな、なんかあったんだろぉ?え?この、このぉ」
「…いじり方が古いですよ…っていうか、萩野さんには教えたでしょ」
「がっは、そうかそうか!」
っていうか、教えないとビンタくらいそうで身の危険を感じたから、言わざるを得なかったんですけど。
「いやあ、まさか藤子嬢の笑顔が見られるなんてな、おめーほんとに大したもんだよ。尊敬、ウン、マジで見直したよ」
「言い過ぎですって…」
「いやおめーマジで、藤子嬢が心を許すなんて相当だからな!…つーかおめー、やっぱりあれだな」
一人でベラベラと喋り倒す彼をほぼ無視していたら、唐突に彼が言葉を切った。
「…ナンスか」
同時に歩みも止まった。うん、と一つ呼吸を置くと萩野さんは、その強靭な肉体に通行人の目が白くなる中、思いっきり言った。
「愛だ!」
――――!!!!
「はあ?は、え、はあ!?」
彼に注がれる白い視線が増えていく。
「なんだわからんか、ラヴだよ、ラヴ!える、おー、ぶい、いー!おれにはわかるのさ、おめーの藤子嬢に対する大きな!」
バン、とざわめきもかき消せるほどのバカでかい音量でその胸板をたたきまくると、
「愛さ!」
とまたバカみたいに叫んだ。
も―知らない、僕は彼とは全くの赤の他人であるふりをしたかったのに、彼に揺さぶられてはそれも無理だろう。
みなさん僕は被害者です。
ちなみに萩野さんはこれでも既婚者だ、よく相手が見つかったなと何度も宴会の肴にされてきている。
僕は、よく離婚されませんねと声を大にして言いたいが、ここでそんなことをしては恥の上塗りだ。
「ほら、もう…わかりましたから、僕は確かに藤子さんが好きですけど、とにかく歩いてくださいって!」
思い身体を必死で引きずる。気分はまるでマンモスを仕留めて住処へ戻る原始人だ。
「ふん…まあほら梨木、藤子嬢と仮に好い仲になるとするだろ?聞け、聞けって」
「はい?」
僕は引きずる手を止めずに耳だけ傾けた。
「もし付き合ったりしたら…なかなか困難なことが多いぞ。まず、彼女はしゃべらない。今おめーが意思疎通できていても、会う時間が増えたりしたらだんだんうんざりしてくる」
「藤子さんを悪く言うんですか!」
もう白い目なんて気にせずに僕は叫んだ。
「いーや滅相もない。藤子嬢は確かに、可愛らしいし儚げで目が離せないし、気配りが多いのもまたいいぜ?でもよ…彼女が声を出さないのは訳がある。病気で口がきけないわけでもなし、それに筆談だってできるのに花にこだわるのはなぜだ?ほれ見ろ、お前だって知らねえだろ」
「それは…」
「いいか、おれから一つアドヴァイスだ。彼女の心をキャッチしたかったら、藤子嬢の…たぶんあるはず、裏が…その裏を理解することだ。いいか、他人の闇を全部受け入れることはなかなかできたもんじゃねえ。それに、おめーらは仕事上の関係もある。今の関係性がぎくしゃくしたら藤子嬢の契約も切れるかもしれん、おめーは有能だからな?」
ほんと、萩野さんはよく仕事の都合を優先することがある。熱血だからか?少しとげが含まれているんじゃないかな。
「とーにかく!おめーのラヴはめちゃくちゃにリスキーなんだ。だから、頼むからうまくやってくれ。それから一番大事なこと!藤子嬢の気持ちを考えて行動することさ…」
「萩野さん…」
年上のアドバイスはとてもありがたい。けれど、肩に置いたその手をどけてください。脱臼するか肩幅縮まるかしますよ、そろそろ。
「…あの、僕…藤子さんには世界でいちばん優しくしたいです。…でも、彼女の秘密を知るのは少し荒療治になりやしないか不安ですよ」
「心配スンナ!」
離した両手を彼は、今度は僕の両頬にあてがった。最高の小顔テクニックかもしれない。死にそうだ。
「少しくらいいじめてやってこそ、ドラマがあるんだろ!藤子嬢との距離、縮まるといいな!」
いつの間にか職場に到着していた。僕は萩野さんの漢っぷりに感動していた。今日の仕事ははかどりそうだ。
しかし萩野さん
ヴ、好きすぎ。
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