陽だまりの季節

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 それは、彼岸花が映える秋晴れの午後のこと。  でっかい鬼灯藤子邸にイラストを取りに行った僕は、インターフォンを押してもお手伝いさんの返事がないことに首をかしげていた。  「…あれ、柿本さんって住み込みだったはずだよな」  もう一度インターフォンを押すと、スピーカーとともに屋敷の中からも悲鳴が聞こえてきた。  「柿本さん!」  僕はお手伝いさんの名前を呼びながらも、ふと違和感を感じていた。……柿本さんっていつももっと声高くないっけ?  ――――幸い、鍵はかかっていなかった。  白を基調とした広い玄関に転がるように入ると、僕は違和感の正体に気づいた。あの悲鳴の正体――――それは、あの藤子さんだった。  「藤子さん!」  広い廊下の隅で彼女は、アンティーク調の受話器を握りしめたまま放心状態で立ち尽くしていた。  「藤子さん、どうされました…僕です、梨木です」  「……」  はくはくと口だけで『梨木さん』と言ったのがわかった。  「何があったか、説明してください」  彼女が周囲を見渡した。普段家の中で、柿本さんとだけは声で話す彼女には、花がたくさんあるのは彼女の部屋だけ。ここには、僕と会話をするツールが声しかない。  でも、彼女はかたくなに首を振り続ける。できない、話せないとでもいうように。  「どうして……」  そのつぶやきに彼女は初めてこちらを向いた長い髪はぼさぼさ、アーモンドアイは赤くなる間もなく絶えず涙が流れている。  もしかして…。  「藤子さん」  僕は直感を信じて、藤子さんの肩に手を置いた。  「大丈夫です、僕なら。僕には、話しかけても誰も怒りません。話してほしいです、声を聴きたいんです」  一瞬、目をぱちくりと見開き、夢から醒めたような表情で彼女が僕を見た。  「誰も咎めませんよ、僕になら。だから…力を抜いて」  彼女がもし、誰かに言葉を発することを弾圧されているのだとしたら、僕だけは大丈夫だって思ってほしい。僕の、通り過ぎて行った直感だ。  「……っう」  幼く作られた顔をクシャっとゆがめると、藤子さんは嗚咽を漏らした。その延長みたいにかすれた、それでもきちんと聞こえるボリュームで彼女は言った。  「……助けて」  初めて聞いたアルトの音は、ずっと前から聞いてきたかのような安心感があった。  「柿本さんが…柿本さんが交通事故にあったって、意識がないって、病院から……!」  ああ、こんな緊急事態はさすがに花で説明している暇がなかったはず。きっとためらったはず、助けを求めたいのに声を上げちゃいけないんだもの。  「…場所は分かります?」  「え?」  「病院ですよ!車、ないんですよね?タクシー呼びますから…――――藤子さん!」  藤子さんはすっかりパニック状態だった。僕は彼女の肩をつかむと、思いっきり顔を近づけた。  「しっかり!ぼくがついてますから落ち着いて!」  一瞬きょとんとした彼女は、我に返ったように息を吸い込んだ。  「は、はいっ」  「仕事は心配しないで、後回しでいいから」  「はいっ!」  彼女の返事に力がこもってきた。  よし。  僕は柿本さんの体調を祈り、邸を出た。
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