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「待て山本。一緒に帰ろうではないか」 「田村か」 晴れた空から柔らかな陽射しが差し込み、穏やかな微睡みへのいざないと闘った授業後の事。荷物をまとめ講義室を出ようとする私の後ろから早足に追い付いて来たのは朋友の田村(たむら)であった。私達は幼少期から共に育ち(いま)は帝國大学へ通っている。 「今日も寄るのか?」 私がそう訊くと隣に並んだ田村は、当たり前であろう、と胸を張って答えた。 田村には想いを寄せている()がいる。その娘は高等女学校に通っている事は分かっているのだが、名前は知らない。 『あのお嬢さんの名前は?!』 つい最近、耳を赤く染めてそう叫んだ田村の当面の目標は、そのお嬢さんの名前を知る事であった。 そのような朋輩の目標に私は数日前から付き合わされていると言う訳である。 私は早く帰りたいのだが、仕方ない。田村一人で高等女学校の周りを彷徨(うろつ)いていたら婦女子から変な目で見られ、それからあの男は危険だと判断されれば警官に逮捕されるとも限らない。 そんな朋輩の未来は、何だか嫌だな、と仕方なく付き合うだけなのである。
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