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「陰陽師として祓う憑きものは見えるくせに、その家に憑く式神は家人以外には見えないなんて不便ね」
「間違って祓わないためじゃないか。知らんけど」
軽快な音楽が鳴った。ちょっと物悲しいメロディの着信音である。桃が覗きこむと、机の端に置かれたスマホの画面には、正嗣の妻の名前が表示されている。
「……このイントロ、昔の長寿ドラマの主題歌じゃないの。ラーメン屋の嫁姑バトルもの」
「バトルはないが、渡る世間には式神より怖い鬼は沢山いるもんよなあ」
ゆっくりとスマホに手を伸ばして正嗣は話しはじめる。
「なんや」
『あんたいまどこ』
「社務所やが」
『桃は』
「おるで」
相変わらず短い会話だ、と桃は思いながら正嗣を見る。桃はスマホ越しに会話はできないため、正嗣が要件を聞いて桃のほうを向いた。
「風悟がな、また取っ捕まったいうんや。桃。悪いが頼まれてくれんか」
「えー。こういうときだけ?」
「惚れた弱味や。いったれ」
渋々と、しかしどこかうきうきしながら、桃はそのゆったりした袖を翻した。
「仕方ないわね。まったく風悟は私がいないと何にもできないんだから」
「まだ修行中の身なのになあ。カンだけ強いからむかしからよう変なのに悪さされて、あいつも難儀よの」
桃は、言葉とは裏腹ににこやかな表情を崩さないままの正嗣をじっと見る。
「まーちゃんてさ」
「なんや」
「かなりの曲者よね」
それには返事をせず、正嗣はただにやりと笑う。佐々木夫妻は、恋愛結婚だ。もともと佐々木家に仕えていた式神である桃の顔を祝言で初めて見た正嗣は、相好を崩して言った。
「ひねったら折れそうなおなごやな」
正嗣がそう言いながら手のひらを上にして何か握るように軽く指を曲げると、虫も殺さないような笑顔とは不似合いな、こきり、という音が和室に響いたのだった。
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