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序章
今、私の傍らに控える家臣は、冷泉隆豊ただ一人であった。
父である義興の時代より大内氏に仕える重臣であり、私のよき理解者だ。
和歌の師範家の流れをくむ家柄にも関わらず、武勇に長け『知勇兼備の士』と巷では評されていた。
つけ加えて、女房達が頬を染めて噂をするのも肯ける、それほど見目麗しい顔立ちをしていた。
私の前には、異雪和尚が先ほどから法話を続けている。
私は、白装束で毅然とそれを聞いていた。
寺の外では、何万という陶隆房らの軍に対し、二千とない我が兵が敵中に打って出て次々と斃れているだろう。
何という静けさだ。
八月も終わりに近く、裏の桧林から蜩のなく声が聞こえる。
今、ここは本当に戦場なのだろうか。
和尚の声だけが御堂に響き渡る。
やがて、和尚の声も静かにがらんどうな空間へと吸い込まれていった。
我が命運もここで終わるのかと思うと、なんとも静かな最期だろう。
しかし――
一つだけ気掛かりがある。
我が子、新介の事である。
あれはまだ幼い……だが、自分を残して逝く父を恨むであろうな。
京都へ逃がす手筈はしてある。必ず生き延びよ。
そして僧法師になり、後の世を弔うように育つが良い……そう願うは、父の身勝手であろう。
……いや、あの子の性格だと、京都へ逃れるのを旅気分で楽しむかもしれん。
『父上ー、行ってまいりますー♪』
ああ、楽しそうに手を振る姿が脳裏に浮かぶ。憎むどころか、遊び感覚ではしゃいだりして……。
この父の事など頭の中からすぐに消えてしまったりして……。
「――の、殿」
ふと我に返ると、和尚の声がすぐそばまできていた。
「雑念が入り乱れてますぞ」
私はよほど悩んだ顔をしていたのだろう。
胸の内をあかすと、和尚は身を震わせて何度も頷いた。
やはり和尚は賢僧だ。新介を思ってこんなに泣いてくれるとは。
和尚になら新介を任せられる。私がここで命を絶った後、すぐ京都へ行く事になっている。
これでいい……。
――討つ人も討たるる人も諸ともに
如露亦如電応作如是観
大内義隆の辞世の句である。
時は戦国、室町末期。
どこもかしこも戦が絶えぬ、荒々しきこの時代。
些末な事で敵対、出陣。和睦も不服あればまた戦。
どこかの戦国大名は、文雅な暮らしを好んだが、一部の家臣は嫌な顔。社寺保護せよとの政策も、家臣の不信が募るのみ。
やがて、武断派なる家臣らに追われた大名は、東へ何とか逃れるも、迫る軍に覚悟を決めた。
山も朱に染まる秋の事。場所は長門、大寧寺。
西国随一の戦国大名とうたわれた大内義隆が自害、との知らせは、紅葉をなびかせて空をわたる風の如く広まった。
これは、それから数年経った頃のお話。
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