ダブル不倫 〜リベンジ〜

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ダブル不倫 〜リベンジ〜

 山瀬優子(やませゆうこ)は夫である修一(しゅういち)のスーツの胸ポケットに入れておいたペン型ボイスレコーダーを再生していた。    子供のはしゃぐ声とともにペタペタと不安定に掛けてゆく足音が遠ざかってゆく。   『気をつけて帰れよ』と、修一の声。   『はーい、バイバイ、先生っ』    小さな女子児童の声が、また遠ざかる。    優子の顔がほころんだ。    夫の修一は公立小学校の教師で三年二組の担任をしている。今は、主婦業の優子も出産するまでは、公立小学校の教師をしていた。    レコーダーの音が静かになった。ガラガラと扉がゆっくり開く音がした。その音は、ガラガラという速いものではない。どちらかと言えばガラ、……ガラ、……ガラ、という音を気にしながら開ける音だ。    優子が夫のポケットにボイスレコーダーを忍ばせたのは、元同僚からの情報だ。優子は見てはいけないものを覗き見るようで心苦しかったのだが、優子は事実が知りたかった。   『……全校児童、帰宅しました』   『ああ、お疲れ様でした。山瀬先生……』    と、若い女性の声がしたあと、ガサガサと布が擦れ合う音。にちゃ、くちゃっと、湿り気のある音が時々聞こえる。    ――にちゃって、キス……してるの?   『んん……。加古川(かこかわ)先生……、もう……異動されてから……』    加古川先生というのは、加古川アカネ――半年前に異動してきた二十七歳の女性教師だ。   『ハイ、半年……んっ……ス、スーツ、シワになっちゃう』    また、にちゃ、ちゅぱっ、という音、のあとガサガサと音が遠ざかる。   『…………今日は……?』   『昨夜、アレが始まっちゃって……。ごめんなさい……』   『いいよ。別に加古川先生が悪いんじゃないから……』   『二人のときは、アカネって呼んで……。修一さん、座って……』    ギイッという音がして、チィと、小さな音が聞こえた。   『ああ……、アカネっ……』   『……修一さん……んっ、んっ、んぐ……』    ピチャピチャという小猫がミルクを啜るような小さな音の中に、んっんっ、という男の声が混ざる。    ――お口でヤッてるの。    胃の底から何かが上がって来るような気がして、優子はレコーダーを止めた。    :  コツ、コツと革靴の踵が地面を蹴る音がして、ピンポンとインターホンの呼び出し音が鳴った。修一の足音だ。この音を何年も聞いてきた優子にはすぐに分かった。    解錠のボタンを押す。いつもは優子が玄関ドアを開けに出ていた。    ――何か、気づくかしら……。    エアコンで温められた空気に冷たい空気が混ざる。   「おかえりなさい」    心なしか頬が赤く見えた。修一の目を見た。夫の目がすっと放れる。   「ああ、ただいま……。ああ、ちょっと風呂、入ってもいいかな?」    ――いつも「腹減ったー」って言うくせに、風呂に入って女の匂いを消すつもりだろ!    確かに、いつもはカラスの行水と言われるほど、数分で風呂を出る修一だが、その日は四十分近く経って浴室を出た。    :    修一がタオルで頭を乾かしながら、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。どっさりとそのプルトップを引いた。    修一は喉を鳴らしてビールを飲んだ。 「修一さん、今日は長いお風呂だったんですね?」   「ああ、たまにはね」    修一の目がテレビに動いた。    ――ベッドに誘えるのかしら……。    :  :    静かな食卓だった。カチャカチャと皿を叩く箸の音だけがダイニングに響いている。   「凛華(りんか)は……寝たの?」    凛華は優子と修一の小学二年生なるひとり娘で、修一が勤める公立小学校の生徒だ。   「あなたが帰る三十分前まで起きて、待っていたんだけど……」   「……そうか。ああ、もう十時過ぎだもんな」   「ねえ、あなた……凛華も寝たことだし……ねえ?」    優子は流し目で修一の目を見る。キスをするときのように唇を尖らせた。   「優子、きみから誘われるのは珍しいね」    修一の唇が近づく。夫の呼吸が当たりそうな距離だ。優子は思わず呼吸を止めた。   「だって……わたしだって……ねえ? わたし、シャワーしてくるね?」    ――ベエーだ。    と、優子はふいに立ち上がり、浴室に入った。  
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