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十一月のある土曜日。その日は凛華の参観日だった。冷たい廊下には、〈児童たちの絵画展〉と大きく書かれた模造紙の横断幕があった。優子はぼんやりと凛華の作品を探していた。
廊下の奥からジャージ姿の修一と教師らしき若い女性が肩を並べて歩いていた。気のせいか二人の手が触れ合っているように見えた。恐らく加古川と言う教師だ。いつだったか、ベッドルームで修一に加古川のことを話したが、全て友人教師からの情報だった。身長が一五九センチの優子より身長が高くモデルのような彼女は修一の耳元で何かを耳打ちした。女性が手を振ると、どこかの教室に消えた。
修一が優子に気づいた。近づいて来る。
「ああ、おつかれさま。今日の帰りは七時半くらいかな……」
――あっ、そう……。
:
寒い日だ。リビングルームにコタツを用意した。疲れたのか凛華はもう眠っている。畠山にラインする。すぐにインターホンの呼び出し音がなった。
午後七時半を過ぎても、修一の帰る様子はない。
「ご主人は……」
呼吸だけの声で畠山がたずねた。
「まだ……」と優子が言ったあと、「コタツで、テレビゲームしよう」と畠山に言った。
:
コタツの向かいには古いタイプのビデオゲームがある。優子は畠山と並んでコタツに足を入れた。
ちゅっ……。先に唇を重ねたのは優子だった。
「優子さん、ゲームするんじゃ……」
畠山が舌を絡める。
「ああ……そんなの。口実に決まってるじゃない」
「口実?」
「晶くん、ちょっと悪いコトしちゃおうか?」
優子と畠山はコタツの中で抱き合っていた。リビングルームの中に二人の熱い吐息と布が擦れ合う音がこもる。唇を求め合い。舌を絡め合い、互いの泡立つ唾液を交換した。
「晶くん……?」
「えっ……」
コタツ布団の中で、優子はスカートを捲くりあげ、ショーツを膝まで下ろした。晶に背を向ける。
「触って……。お尻……」
畠山の冷たい手が優子の臀部を滑った。
――ああ、優しい触り方。
畠山の壊れ物を扱うような手のひらに、鳥肌が立ちそうだった。夫の修一にさえされたことのない繊細な触り方だ。
コタツ布団が空気を含んだ。臀部に冷気が触れる。
「……凄い。こ、ここで?」と畠山の呼吸だけの熱い声に耳打ちされた。畠山の指が臀の割れ目を滑った。蜜が溢れる中心を滑る。滑らかな指に優子の柔らかな中心が押される。
「くっ……ん。晶……ん……」
粘液が混ぜられる音がコタツの中に籠もる。優子の膣で畠山の長い指が伸び縮みする。そこが窮屈になる。指が増やされるのが分かった。内臓が掻き出されるようだった。
「んん……。ちょうだい。晶のをちょうだい」
優子は腰を突き出した。
畠山が背後から優子を抱きかかえる。背面側位という体位。優子の滑らかで熱い場所に、熱を帯びた畠山がキスした。畠山の両腕が優子の身体を引き寄せる。彼の冷たい下腹が優子の臀部を包む。
「くっ……んん……、晶……あきら……」
「ああ、優子さん……」
激しくは動けなかった。畠山の腰が優子をかき出すようにゆっくりとシャクり始める。
畠山の冷たい唇が優子の細いうなじに触れた。
ちゅぱっ……。
「んあっ……」
小さな甘い痛み。電流が駆け抜けた。優子は身体をよじった。そこを畠山の指が触れる。
「ふふふ、〈桜の花びら〉のお返しだよ」
畠山の唇が優子のうなじの生え際に落ちる。畠山はまだ優子の膣にあった。
「ああ……。晶、ズルいよ。私、そこ弱いの。ああ……」
優子の背が反り、腰がグッっと上げられる。身体を低くした後背位の態勢だ。コタツの板が音を立てて落ちた。畠山に腰が押される。浅かった畠山がゆっくり奥に入ってきた。優子の最奥が押し広げられた。息をゆっくりと吐いて、彼を受け入れる。
内臓が押し上げられ、やがてそれは何度も優子の身体ををえぐり、身体の奥を引きずり出されるようだ。
「ああ、あっ、あっ、イヤん、んっ、んっ、んっ……」
肉体と肉体がぶつかり合う音と優子の艶めかしい声がリビングルームに響いた。
突然、リビングルームのドアが開いた。
:
畠山の動きが止まる。
畠山がツルリと抜け出た。
――あ、えっ……。
時間が止まっていた。ドアの方に目をやる。ぼんやりとした優子の目の中に修一が映った。
「お前ら、何やってんだよ!」
優子はコタツ布団の中に潜り込んだ。
「優子、起きろよ」
髪を鷲掴みされた。頭皮が剥がされるのではないかという痛みに、優子は操り人形のように立ち上がる。捲れて上がっていたスカートが空気を含んで優子の膝を隠した。
「コイツ……」
修一は優子に手を振り上げる。体格のよい修一の身体が更に大きく見えた。
「キャっ……」
優子は目を閉じ、首をすくめる。修一の手が振り下ろされる。
「山瀬さん、優子さんを叩かないで!」と畠山が言ったあと、「悪いのは……悪いのは僕なんです! 僕が優子さんの相談にのっていて、優子さんの弱みにつけ込んで……だから、ごめんなさい。ごめんなさい」
畠山は床に頭を擦りつけた。
修一の蹴りが畠山に飛んだ。
畠山の身体がコタツの上に吹き飛ぶ。コタツの脚が音を立てて折れた。
「違うのっ、私があなたの事で相談していて……畠山さん、親切に聞いてくれて……。私が……私が畠山さんをそそのかして……」
「なんだよ! お前の浮気を俺のせいにするのか?」
:
優子はポケットからボイスレコーダーを出した。
「あなた、これ……」
優子の指が〈再生〉と書かれたボタンを押し、〈早送り〉を押す。
『ハイ、半年……んっ……ス、スーツシワになっちゃう』
また、にちゃ、ちゅぱっ、という音、のあとガサガサと音が遠ざかる。
また、〈早送り〉ボタンを押した。
『二人のときは、アカネって呼んで……。山瀬先生、座って……』
ギイッという音がして、チィと、小さな音が聞こえた。
『ああ、アカネっ……』
『……修一さん……んん……ピチャピチャ……』
優子の指が〈停止〉ボタンを押した。
:
「ああっ、お、お前いつの間に……? そ、それは……その……」
激昂し焼けた鉄のような修一の顔が、青ざめたように見えた。
「うん、分かってる。修一さん、ストレス…………ストレス……だよね?」
「そう、そうだよ。ストレス発散。外で働く男は色々あるんだよ。口出しするんじゃないよっ!」
「……ストレス…………。外ではたらいているから……? あなた、主婦にストレスが無いとでも思ってんの?」
修一の顔が滲んだ。ボイスレコーダーを投げつける。ボイスレコーダーが修一の足元で音を立てて跳ねた。
「山瀬さん……」
「俺ら夫婦の問題だっ! よそのヤツは黙ってろ」
修一は畠山に拳を振り上げた。
「いいえ、黙りません。山瀬さん、あなたの浮気を知った自分のストレスを解消しようと優子さんは……」
修一が畠山の胸ぐらを掴んだ。
「……優子さんはあなたに関心を持ってもらおうと、口紅や髪型を変えたり……僕と……」
「だけど、あなたは……気づいてくれなかった。他の男性と関係をもつのはダメだけど……。でも、主婦は……、主婦は、ストレス発散なんてできないの。お料理、育児、逃げても、逃げても私たちにはそんな現実があるから……」
「……クソっ……勝手にしろ」
畠山の胸ぐらを掴む修一の手が緩んだ。
優子はひとつ息をついた。
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