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優子は畠山の部屋のリビングルームにいた。まだ、開封していない段ボール箱がところどころに置いてある。優子は彼の切れた唇の端に絆創膏を貼っていた。
「……ごめんなさい。私のせいで……」
「いやあ、カッコ悪いところ見せちゃったね」
畠山の手が後ろ頭を掻いた。
優子は顔を左右に振った。
「ううん、晶くん、カッコよかった。私、キュンとしちゃった……」
声がかすれた。涙で畠山が見えなくなった。
畠山の胸に吸い込まれた。筋肉質の腕が強く抱きしめる。
「…………晶くん…………、私、ちょっと泣いていい……?」
「僕の胸でよかったら……」
畠山の手のひらが優子の髪を撫でた。
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「優子さん、僕、決めたことがあるんです」
「うん……」
「僕、弁護士を目指そうと思って……。今日、今決めました」
「えっ、弁護士、勇気がある晶くんなら大丈夫。なれるよ」
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優子は修一と別れた。もっとも、それを切り出したのは修一だった。修一は、財産は全て慰謝料に、と言い残し行方をくらました。噂によると彼の不倫相手の加古川も懲戒免職になったことを耳にした。
優子は実家に戻った。娘の凛華も一緒だ。
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「優子センセ、バイバイ」
「ハイ、サッちゃん、さようなら。気をつけて帰るのよ」
「はあい……」
優子は山奥の小さな小学校の臨時職員として働いていた。
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数年後……。
「お母さん。お母さん、この弁護士の人って、畠山のお兄ちゃんじゃない?」
中学生になった凛華がテレビ画面を指差した。
優子が見たテレビ画面の中には、真新しい弁護士バッジをつけた畠山の姿があった。
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午後八時、玄関の呼び出し音が鳴った。
「こんばんわ。僕、畠山と……」
テレビ画面で見たままの畠山の姿だった。スーツ姿ではない。最初に畠山と会った時と同じジーンズと白いティシャツの姿だった。数年前と違うのは、がっしりとした筋肉質の身体だ。
「えっ……、あ、晶くん……。さっき、テレビで……。ホントに弁護士になったのね」
「僕、優子さんを迎えに来ました。僕、弁護士になったら、優子さんをお嫁さんにしたいと思っていました。優子さん、僕と結婚してください」
「えっ……、あ……でも……、私なんかでいいの?」
「ハイ、優子さんじゃないとダメなんです」
「私なら、いいわよ。畠山さんがお父さんって楽しそうだし……」
スナック菓子をツマミながら、凛華が呟いた。
「うん、ありがとう、よろしくお願いします」
「畠山……ううん、お父さん、お母さんをよろしくお願いします」
おわり
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