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四月上旬、山に囲まれたこの地域は寒い。緑色に色づく準備をしている山の陰には真っ白な雪が残っていて、刺すような冷たい空気が町全体を包んでいる。
「聡~暇~」
上半身までこたつに入って、床に寝そべった状態で絵を描きながら嘆いていているのは、そんな町に住むふたりの兄弟の兄、優。
「そうか」
弟の聡はそっけなく返事をしながら、電卓で計算をしていた。こたつの上で家計簿をつけているのだ。
「ねえ、聡?」
優はくるりと仰向けになると、こたつ布団を鼻の頭まで持ち上げて言った。
「新しいスケッチブックが欲しいな~」
まるで、彼女が彼氏にねだるような瞳をする優。しかし、聡は家計簿から目を上げることもなく「依頼が来たらな」と一蹴した。
「聡のケチ……」
口を尖らせた優はまたうつ伏せになって、文句を言いながらスケッチブックに鉛筆を走らせ始めた。
この兄弟は、まるで、兄が弟で弟が兄だと、町の人は言う。事実、初対面の人のほとんどが、兄は聡で、優は弟だと思った、と言う。
そんな弟のような兄を一瞥して、兄のような弟はため息をついた。
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