2/2
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
「確か……そうです。貸したままでした。でもなんで……?」  聡は農園で三冊の『銀河鉄道の夜』を目にしたことを話した。 「文庫本が二冊あったんです。片方は新品のようで、もう一つは読み古されていました。そして、読み古された方にこの名前が書いてあった」  聡は「全部推測ですが」と前置きして、続きを語った。 「自分で新しい方を買ったから、これを返そうとした。けれど、返せなかったのだと思います。返す前に、亡くなったのだと」  夜の闇がガラス越しに見える商店街を支配していく。商店街を蝕んでいく闇は、店内にも足を伸ばした。  暗く沈んだような店内で、優は場違いにも思える明るい声を出した。 「なんで名前書いたんですか?」  カウンターの上に開かれたままの文庫本を覗いて言った。 「この名前」 「これは、たまに借りパクされることがあって、返してもらえてない本があったから、名前を書いておけば返してくれるかなと思って……」  ふと、優は視線を感じて店の奥に目をやった。  店の奥に、泉隼人が立っていた。 「明日香さん、あそこに……」  優の声に、明日香と聡も店の奥へ目をやった。 「……いるのか?」  オレンジ色のほのかな光の中に、隼人の体は徐々に消えていく。 「うん」  消える間際、隼人の口が動いた。 「……もういなくなっちゃった」 「そうか」 「でも」  優は振り返って、明日香の瞳を見た。いつもよりも力強く、まるで、優ではないような目で。 「ごめんね」  そう言うと目から力が抜け、「って、言ってたみたい」と笑った。  明日香が口元を両手で抑えた。  その瞳から、一筋、涙が流れた。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!