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「確か……そうです。貸したままでした。でもなんで……?」
聡は農園で三冊の『銀河鉄道の夜』を目にしたことを話した。
「文庫本が二冊あったんです。片方は新品のようで、もう一つは読み古されていました。そして、読み古された方にこの名前が書いてあった」
聡は「全部推測ですが」と前置きして、続きを語った。
「自分で新しい方を買ったから、これを返そうとした。けれど、返せなかったのだと思います。返す前に、亡くなったのだと」
夜の闇がガラス越しに見える商店街を支配していく。商店街を蝕んでいく闇は、店内にも足を伸ばした。
暗く沈んだような店内で、優は場違いにも思える明るい声を出した。
「なんで名前書いたんですか?」
カウンターの上に開かれたままの文庫本を覗いて言った。
「この名前」
「これは、たまに借りパクされることがあって、返してもらえてない本があったから、名前を書いておけば返してくれるかなと思って……」
ふと、優は視線を感じて店の奥に目をやった。
店の奥に、泉隼人が立っていた。
「明日香さん、あそこに……」
優の声に、明日香と聡も店の奥へ目をやった。
「……いるのか?」
オレンジ色のほのかな光の中に、隼人の体は徐々に消えていく。
「うん」
消える間際、隼人の口が動いた。
「……もういなくなっちゃった」
「そうか」
「でも」
優は振り返って、明日香の瞳を見た。いつもよりも力強く、まるで、優ではないような目で。
「ごめんね」
そう言うと目から力が抜け、「って、言ってたみたい」と笑った。
明日香が口元を両手で抑えた。
その瞳から、一筋、涙が流れた。
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