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街路樹が赤く色付き、本格的な秋がやってきた。小学生の頃は敷き詰められた落ち葉の上を歩いていたものだ。小さい骨が折れるような音を心掛ける。ちょうど8年前のこの季節に自分の心も折れてしまったものだと、西本栄太はぼんやりと考えていた。 小学校3年生の時、西本は同じクラスの学級委員に恋をした。今でも鮮明に思い出す金橋沙里奈の笑顔はぎゅっと心を締め付けるような思いだった。勇気を出して自ら話しかけ、2人きりで遊ぶことも多くなり、メールアドレスを交換した。 やがて西本は彼女に告白をした。拙い文章で自分の思いを綴り、メールを送信する。夜10時半、今でも覚えていた。その時の選択が自分を狂わせることになったのだ。 翌日、西本の机の上には花瓶が置いてあった。 後々聞いた話によると、メールを受け取った彼女がクラスの男子生徒にそれを見せつけ、西本をいじめるという結論に至ったそうだ。 それから苦しいだけの3年間が始まった。廊下ですれ違えば罵詈雑言を浴びせられ、いたずらにノートや教科書は引き裂かれた。たった一度の告白が友人として接していた生徒たちを狂気に染めてしまう。西本が女性を嫌うようになったのはその頃からだった。 地元から少し離れたところにある中学校へ進学したものの、女子生徒と話すことはおろか友人さえ出来なかった。いつかどうせ裏切る、自分を虚仮にする、西本の人間不信は高校にあがっても続いたのだった。 乾いた落ち葉が砕かれる音が履き慣れたスニーカーから足の裏に伝う。西本にとって学校に向かう時間すら憂鬱だった。群れを成して登校する男女を横目で見ながら、歩くスピードを下げていく。なるべく追い越されて、担任の須川がホームルームを始める直前に教室へ入ることが西本の日課になっていた。 「よう、西本。」 しまった。思わず口にしてしまいそうだったが、西本はそれを唾と共に飲み込んだ。やけに陽気な里中拓巳の声は、朝から聞くに堪えない。 「今日も元気ないな、お前猫背になるんじゃねぇの。」 男女構わず、分け隔てなく接する里中の性格が苦手だった。校則違反のワックスで髪を掻き上げ、詰襟のボタンを外している。何もかもが不平等だった。彼はその性格から、教師に校則違反を指摘されることがない。注意しやすい人間とそうでない人間がいる、西本は前者だった。 「1時間目って数学だったっけ?」 中身のない会話だと、心の中で罵る。言葉にしない悪意は気持ちを少しだけ楽にしてくれた。見えないナイフで里中の脇腹をぐさり。奴はナイフの柄を生やしたまま言った。 「あ、やばい。俺宿題やってない。ミスったー。」 いいから早く先に行ってくれ。2本目のナイフが里中の首に刺さった。このままおもちゃのように首が飛んでいって仕舞えばいいのに。しかしそれ以上に西本を追い詰めたのは、女子生徒の声だった。 「拓巳くん、おはよう。」 片岡優妃は決して美人ではないものの、その明るい性格から友人が多かった。身長も低く華奢ではない。少し焼けている肌が太陽の光を含んでいる。その後ろから顔を覗かせたのは谷村知佳だった。彼女も美人ではないものの、片岡と違って華奢だ。矯正できていない前歯が唇からはみ出している。齧歯類のようだと西本は思っていた。 「ねぇ、もうチャイム鳴っちゃうよ。」 分かったと言って里中は女子生徒2人を脇に揃えて西本を追い抜いていった。去り際片岡と谷村の背中にナイフをぐさりと刺す。透明なナイフを生やした3人はすぐに校門の中へと消えていった。 (今日も1日存在を消さないと。) 誰とも話さず、平和に過ごす。西本は校舎を睨みつけながら校門に滑り込んだ。
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