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自宅から少し離れたところにある白木団地は薄いレンガ色の建物で群れを成していた。決まった帰り道のルートから外れ、学生鞄を肩にかけて歩いていく。隣を歩く福田健は、西本にとって数少ない友人の1人だった。1年生の時から仲が良く、クラスではしゃぐ男子生徒を見ながら愚痴をこぼす関係性である。詰襟の上着からでも分かるふくよかな体型、腹を摩りながら福田は言った。 「やっぱり里中うざいわ。色んな女と付き合ってるって噂あるしよ。」 共通の敵がいると人は結束を固くするのだろうか。里中に向けた愚痴は日を経ていく毎に増すばかりである。 「馴れ馴れしいんだよな、どうせ友達だと思ってない癖に。」 脳内に里中を浮かべて、透明なナイフで心臓を突き刺す。いつの間にか2人は白木団地に辿り着いた。福田はD棟の415号室に住んでいる。2人は度々福田の家で対戦格闘ゲームを行っていた。 「俺攻略法見つけたからな、今日はぼこぼこにしてやるよ。」 厚い学生服を突き破りそうな腹を撫で、福田は言った。団地のエントランスは妙に薄暗い。 「それ前も言ってたじゃん。」 ポストの中を確認する福田の背後に言葉を投げ、西本はぼんやりと掲示板を眺めていた。どうやら1週間後にD棟の駐車場で焼き芋体験を行うらしい。そろそろかと思い振り返った時、エントランスの向こうから女性の声が飛んできた。 「あら、健くん。こんにちは。」 落ち着いた声、何気なくその方を向くと、1人の女性がこちらに歩み寄ってきた。白いニットのセーターにモスグリーンのロングスカート。暗い茶色の髪の毛は艶を含んで胸の下まで下がっている。ビー玉のような大きい目にやたらと長い鼻筋、削られているような輪郭に大きな唇が収まっていた。ぷっくりとした下唇が、微笑んで顎を尖らせている。呆気にとられてしまうほどの美貌だった。 「こんにちはー。」 あっさりと返す福田はチラシを数枚手にとって西本を見た。 「ほら、隣のクラスの伊藤のお母さん。」 思わず声をあげてしまいそうになった。密かに恋い焦がれている女子生徒の母親が目の前に現れ、あろうことか数少ない友人の福田と同じ団地に住んでいる。後頭部を軽い鈍器で殴られたような衝撃があった。 「こ、こんにちは。福田と同じクラスの西本栄太です。」 「あら、健くんと同じクラスなの。こんにちは。麗香の母です。」 ねっとりと絡むような声だった。何故こうも色っぽい声と落ち着きがあるのだろうか。大人といえど男と女で明らかな差がある。仕草や言葉がゆっくりとしているからだろうか。 「理香子さん、パート帰りですか?」 一方的な片思いを抱く彼女の母は理香子というのか、西本は妙に得した気分だった。 「まぁね。あー、疲れちゃった。最近足首が痛いのよ。もう35だし。」 そう言って屈む理香子のセーターから、薄い闇が覗いた。鍾乳洞の中で垂れる濡れた鍾乳石。膨らんだ乳房の片鱗が見え、西本は慌てて目を逸らした。 「西本くんはどう?学校楽しい?」 大人は過ぎ去った時代を生きる子ども達の状況が気になるのだろうか。西本はどこに視線を合わせたら良いか分からずに言った。 「まぁ、ぼちぼちです。」 「お前窓際の後ろの席だから本当に楽しいか分からねぇよ。」 うるさいな、と言って西本と福田は笑った。ちらっと見た理香子の表情は落ち着いた笑みを浮かべている、大人の女性は何故これほどまでに落ち着きを持っているのだろうか。 「それじゃ、先に失礼するね。」 ねっとりとした声を残し、理香子はエレベーター脇にある階段に吸い込まれていった。姿が消えたことを確認して福田は振りかって言う。 「見たかよ、あの胸。」 「ああ、あれはほとんど暴力だわ。」 けたけたと笑って2人はエレベーターホールに向かった。今晩はあの谷間を思い出してオナニーをしよう、そう心の決めて西本はがたんと激しい音を立てて開く鉄の箱に乗り込んだ。
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