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 僕は、リコに向かってそう力強く言った。  本堂の入り口に貼った神札が今にも剥がれてしまいそうで、酷く怯えていた彼女だが僕の言葉に反応するかのように目を見開く。 「タケルくん、いきなり放心状態になって大きな声を上げるから本当に心配したんだよ。全部視えたってどう言う事なの?」 「ああ。芳恵さん達が村の人達から受けた仕打ちが視えた。と言うより、彼女達が僕に霊視させたんだ。この村の僧侶達があの、邪悪なオハラミ様を作り上げたんだ。仏となった女神の負の部分を生贄によって覚醒させてしまったんだよ。  彼らは、臨月の女性を捕らえ、生まれたばかりの子供の首を切り落とし、母体を大地に捧げて贄としたんだ……」  その言葉を聞いただけで、リコの表情は曇り赤子と母親に対する哀れみの感情で、自分の口に手を添えると『ひどい』と呟いた。  霊視をしている間、彼女達の苦しみと怒りを体中に感じて、まるで無数の針を打ち付けられたような気分だった。本堂の扉は、外からの衝撃で激しく揺れ動いている。  ばぁちゃんが必死に食い止めても、この結界が壊れてしまうのは時間の問題だ。 「タケルくん! 芳恵さん達は、もしかして私達の事をこの村に住人だと勘違いしてるの……!? もうだめ……殺されちゃう!」 「落ち着いて、リコ。オハラミ様への不信心でこの村の人達は、根絶やしになった。でも、埋女達はまだ成仏出来ていない……。生身の人間に取り憑いてまでここに来たかったのは、探すべきものがあるからなんだ。それはきっと、彼女達の赤ん坊だ」  霊体のまま、本堂にいけなかったのは自分達を殺害したあの僧侶達を恐れていた事もあっただろうが、儀式が行われたこの本堂で殺された赤ん坊を探していたからではないだろうか。この推理は間違っていないと思う。  間違いなく、この本堂の何処かに赤ん坊の遺体、もしくは赤ん坊に関するものがある。 「リコ、彼女達の赤ん坊を探すのを手伝ってくれ。僕達が助かることも勿論だが、彼女達の魂を救うためにも……」 「そうだね……見つけてあげなくちゃ」  赤ん坊の遺体を探す、という言葉にリコは一瞬怯んだものの、頷いた。僕達は限られた時間の中で彼女達の赤ん坊を探すべく二手に分かれる事にした。  壁の隙間、剥がれそうになっている床下を剥がしてもその痕跡は見つけられない。僅かに開き始めた扉の隙間から聞こえる、喉を締められたような引きつった叫び声に恐怖を怯えながら作業を進めると、ばぁちゃんが何時の間にか本堂の中へと入り、内側から両手で扉を抑えていた。 『全く、聞き分けの無い悪霊だよ! タケル、早くせんか、ばぁちゃんの方が力尽きちまうよ!』 「わかってるって!」  僕は、ばぁちゃんにどやされながら本堂を探していた。冗談ではなく悪霊の力を一方的に受け続ければ守護霊のばぁちゃんでも消滅させられてしまう。初めて悪霊を本格的に祓ったというのもあり、通常通りに調子よく霊視がうまく行くか分からなかったが、いちかばちか額に指を当てると神経を集中させる。  ぼんやりと辺りが霞むと、オハラミ様の仏像の前にある壊れかけた祭壇の下が青く光って視えた。 「リコ! 祭壇の床下だ!」  リコはハッと顔を上げてオハラミ様の像の元へと向かうと二人で、朽ちかけた祭壇をずらすと脆くなった床板を乱暴に壊して剥がした。床下は暗く、生暖かい空気と共に腐臭が漂ってきた。  僕達は一瞬鼻を抑え怯んだが、二人で同時に地面の土を指で掘り起こし始める。この下に埋女達の赤ん坊がいる、そう確信したからだ。  オハラミ様の前で、死後も供物になってしまったであろう赤ん坊の事を思いながら。僕達は泥だらけになる手に構わず、汗ばむ額も無視して二人で掘り始めた。 『タケル! もうここを抑えておくのは限界だよ……!』  僕はもう、ばぁちゃんの声に反応する余裕も無くなっていた。埋女達の金切り声は濃くなっていき、憎悪の闇が本堂に徐々に満ちてきたような気がして心臓が早鐘のように激しく鳴り響いている。 「あった……!」  リコが大きな声で叫んだ、  白骨化した赤ん坊の頭蓋骨が出てくると、僕達は必死になってその周りの土を取り除いていく。きっと、この真新しい骨は芳恵さんの子供に違いない。この周辺には恐らく、埋女になった人々が生んだ子供達が眠っているに違いないだろう。  必死になって頭蓋骨を取り上げたその瞬間、小さな人骨だったそれは、無垢な瞳をした赤ん坊へと変わる。無垢な瞳で僕を見つめながら、足をばたつかせ無邪気に微笑んだ。  霊感の無いはずのリコもその姿が見えているのか、涙を流して見守っている。僕は腕の中に赤ん坊を優しく抱くと、神札の破れた本堂の入り口へと向かった。 『タケル、下がりなさい! こいつらはお前達を殺す気だよ』 「ばぁちゃん、開けて……外に出る。この子をお母さんの元へ連れていってあげなくちゃ」  ばぁちゃんは暫く僕を凝視していたが、ふわりと手を離した。一気に風が吹き抜け金切り声と意味の無い狂った罵詈雑言(ばりぞうごん)が本堂に響き渡った。  僕は、死を覚悟しながらそれをかき分けるようにして外に出ると、ぐずり始める赤ん坊をあやし、声を張上げた。 「芳恵さん! もう辞めるんだ。この子を悲しませないでくれ!」  荒れ狂う怨霊達の渦の中で、派手な着物を着た乱れ髪の女が憎悪に染まった顔でこちらを見ていたが、ビクリと硬直する。  徐々にその、表情は穏やかなものへと変わり汚れてほつれていた黒髪が、生前の美しいものへと変わった。芳恵さんの瞳は見開かれ、涙が溢れてくる。  僕の腕の中の赤ん坊は、無邪気に母親の顔を見つめて指を動かすと、ふわりと微笑んだ。 『私の……赤ちゃん……』 「芳恵さん、もう終わったんだ。もう、苦しまなくて良いんだよ。この村は滅びて、もう、あんな儀式は二度と起きないから安心してほしい。この子と一緒に……光の指す方に目指して」  僕はゆっくりと赤ん坊を彼女に手渡すと、涙を流しながら芳恵さんは我が子を胸に抱いた。何時の間にか僕の隣には、頬に流れる涙を拭うリコが立っていた。 『ありがとう……』  芳恵さんは優しく微笑むと、淡く発光しながら、光り輝く雲の隙間へと煌めく星のように登っていく。それを追いかけるように赤ん坊を抱いた女性達が流星のように天へと登って行く。  何時の間にか、いや、きっと赤ん坊を見つけた時から僕は泣いていたのだろう。リコの指先が伸びて僕達は手を繋いだ。
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