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 アイがこの『御札の間』に吸い寄せられる直前まできたのを確認すると僕は四人を停止させた。ここが一番重要な場所だ。  怯えるリコと、強がるタツヤの横を通って興味津々にカメラを回すユージの横を通る。そしてアイの隣まで来ると、彼女の目線で隙間から見える『御札の間』を見た。  襖の隙間から見えたものは、リコから聞いた部屋中に貼られた御札や、神棚と言うものは無かった。  暗闇の中で赤い派手な着物を着た女性が後ろ向きに正座をしている。ほつれた長い黒髪から見える青白いうなじ。その姿はまるで陽炎のようにもやもやと揺らめいている。  僕は背中に冷や汗が流れ落ちるのを感じた。この女の霊はまだ僕に気付いてはいないが、直感的にこの霊に絶対に気付かれてはいけないと思った。御札の間に入って何か手掛かりを掴もうとしたけど、正直そんな余裕は無い。暗闇の中で、女の霊が壊れたように何度も歌う童謡は、聞き慣れたものだった。 『かごめ かごめ   籠の中の鳥は  いついつ出やる  夜明けの晩に  鶴と亀が滑った  後ろの正面だあれ』  揺らめいている女の口から聞こえるのは童謡の『かごめかごめ』だ。何かをあやしているようにも思えるし、虚空に向ってただひたすら壊れた蓄音機のように歌っているようにも思える。  僕は喉を鳴らすと、彼女に気付かれないように後退する。女の首がゆっくりと動いて、耳朶顎のラインが見え始めると、僕は咄嗟(とっさ)に体を反転させた。  そのまま玄関に向って走りだそうとした時、隣に居たアイが僕の手を掴んだ。 『雨宮くん た す け て』 「っ、アイ……!」  アイの表情は、先程までカメラを意識して霊感美少女を演じていたものとは異なり、青白く無表情だった。映像の中の人々が、僕の力を無視して勝手に動き出すと言う事はあり得ない。  何故なら生きた人は、映像の中で記録された行動しか繰り返す事が出来ないからだ。だが、死んだ人間ならそれが出来る。  例えば写真に映った霊が年月が経って少しずつ変化していったり、フィルムに映った霊が映像を再生させる度に顔の向きが変わったり、体が動いたりする事がある。  僕は信じたくない気持ちと、背後から這いうねるような気配を感じてアイの手を払い退け、振り返らずに玄関に向って走り出した。  背後から迫りくる闇のモノが、家具や物が散乱した畳の上歩く度に、何か硝子のような物が砕け散る音や、家具に当たって倒される音がする。僕はもう一切後ろを確認する事が出来ず、玄関まで来た瞬間、大声で叫んだ。 「止めろ!!」   その瞬間、僕は目を開けて思わず退いてしまった。そこは成竹さんの家では無くユージの部屋で、慌てた様子で停止ボタンを押している家主と、泣きそうな表情で四つん這いになりながら覗き込むリコの姿があった。   「タケルくん! 大丈夫……!?」 「あ、あぁ……ごめん、大丈夫だよ」  ただ動画を見ているだけなのに、まるで全速力で校庭のトラックを走った後のように息切れをして、冷や汗をかいている。そんな様子を見れば誰もが心配になって当然だ。ユージは怯えた様子で勢い良くノートパソコンを閉じると、批難するように僕を見た。 「急に大きな声を出すなよ、お前、マジで心臓に悪いぞ……。それで、何か見たのか?」 「あぁ、全部じゃないけど。ユージが見せたかったのは、あの赤い着物の女の霊?」  そう言うと、ユージとリコが青褪めた。二人は僕と並行してあの動画をリアルに見ていた筈で、何かに異変に気付いたのかも知れない。ユージは喉を鳴らすと僕に話しかけてきた。 「お前、ずっと目を瞑っていたのに良く分かったな。霊感があるってのガチだったのか……。そうだよ、俺とリコとタツヤでアイを抱き抱えてたんだけど、あの時は俺も興奮していて、配信的にインパクトも欲しかったんだよ。  ……車に乗り込む前に成竹さんの玄関を撮影したんだ。あの時は全然気付かなかったけど、映像には、赤い着物の女が成竹さんの家から俺達を見てた」  ああ、だから僕を追い掛けてきのかと思った。四人の追体験を経験したのだとすれば幾らか気持ちが楽になるが、あの着物の女性の霊は僕を認識したと肌で感じた。そして僕は躊躇いがちに言葉を選んで二人を見た。 「アイの事も視えたんだ……。たぶんもう……」  その後の言葉は続かなかった。ユージもリコも重い沈黙を守っている。恐らく二人とも口にはしないが、僕の霊視が無くても心の片隅に最悪の結果を、思い浮かべていたのは否定できない。  その空気を切り裂いたのはリコだ。 「タケルくんの事を疑う訳じゃないけど、そうって決まった訳じゃないよ。だから……」 「そうだね、ごめん。霊視してオハラミ様という言葉と、ウズメと言う言葉を聞いたんだけど、何か思い当たる所は無いか?」   僕は場の空気を変えるように、あの子供の霊から得た情報を訪ねてみた。
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