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⑨
僕はこれ以上の情報は、この掲示板では得られないような気がした。心霊スポットで噂になっていたのは僕が見たあの男の霊と、子供の霊だけだ。誰もが御札の間に行くまでにリタイアしてしまう。
恐らく、過去にはあそこに入った人もいただろうがそれが噂にならないのは、体験者が死亡しているか、関わり合いになるつもりが無いのだろうか。僕が一番に疑問に感じるのは、この掲示板を見る限り、霊感のある人もあの廃村の成竹さんの家に入っているが、奥に進むのを躊躇し途中で帰っている。
どうしてアイだけがあの部屋に入れて、皆もそれに続く事が出来たのか。
「ほらな、やっぱり皆知らないよ」
「もう少し調べて見ないと分からないね。民俗学の先生なら大学にいるから、それとなくちょっと聞いてみる」
呆れた様子のユージに、リコは助け舟を出すように言った。僕は頷くとPCから離れた。そしてユージの方に向き直る。この部屋に招かれた時に目の下にクマが出来ている理由を、後で話すと言っていたのが気になっていた。
「なぁ、ユージ。眠れない理由を話してくれ。この動画に関係してるのか?」
「あぁ、後で話すって言ったもんな……。俺、成竹さんの家から帰ってから、頻繁に金縛りに合うようになったんだ。いや、俺だって金縛りはただの体の疲れから来る現象だって事は知ってる。心霊スポット巡りなんてやって動画あげてるけどさ、本当は信じてなかったんだ」
ユージはまくしたてるようにそう言った。事実、金縛りは睡眠麻痺のような状態で、疲労やストレスの蓄積が原因でなったりする。なので金縛り中で見るような幻覚は、化学的に証明が出来るものが多い。リコも隣で心配するようにユージを見つめている。
「だけどな、決まって夜中の二時に体が動かなくなる。そして何時も部屋の隅に誰かが立っているんだ。最初は黒くてモヤになっていてそれが何なのか、誰なのかわからなかった。
でも、日に日にそれがハッキリとしてきたんだ。あれは……アイの後ろ姿だよ」
リコと僕は顔を見合わせた。ユージの話によれば、毎夜午前二時になると体が動かなくなる。そして、息苦しい空間の中で寝室の隅に立つ黒い影が現れた。
その影は真っ黒で、男なのか女なのか分からなかったが、日に日にくっきりと体のラインや服装、長い髪が見えてきた。その姿はあの日共に心霊スポットに行ったアイの後ろ姿そっくりだった。壁にくっついたまま立っている彼女を見て、失神し翌朝目が覚める。
気になって何度か、電話をするがアイは出なかった。心配になり実家に電話してみれば行方不明になってしまったと、泣きながらアイのおばさんが答えた。
そして、リコとタツヤに慌てて連絡をしたらしい。
「私、アイのおばさんが迎えに来た時一緒にいたの。私が実家に連絡したから……病院に入院したんだと思ってたんだ。心霊スポットに行ったなんておばさんに言えないし。それで……」
罪悪感から、それ以上リコはアイに連絡を取ることが出来なかった。もちろん、心配はしていただろうが。僕の話を聞いた時の二人の反応は、ユージの体験のせいだろうか。彼女が助けを求めているのはわかった。もし彼女が本当に霊に憑れて命を落としたなら、自分を見つけて供養して貰いたいのかも知れない。
「とりあえず、隅にお酒を置いて様子を見て。ユージの家に来れなくなったらもしかしたら僕の方に来てくれるかも知れない。そうしたら何処にいるのか、聞き出せるかもしれないから」
「わ、わかった……タケル泊まっていかない?」
ユージは不安そうな表情だった。
腕時計を見ると、既に22時を回っていた。ユージの家に泊まってアイの霊が出るのを待つのも良いが、リコを家まで送らなければならない。そして未だに既読にならないタツヤに訪ねたい事があったからだ。
「リコを送ってあげなきゃ。大丈夫だよ、相手がアイなら……それに霊感の強い僕が居たらもっと怪現象起こるよ?」
「それは嫌だ。明日、お前に連絡するからな」
「いいよ。連絡は頻繁に取ってくれていい」
青褪めるユージに笑って肩を叩いてやった。まだ霊体になった相手が誰かわかるだけマシだ。人間と同じで、意思疎通のできない赤の他人、悪意や敵意に満ちた霊よりか何倍も安全だ。リコと僕は立ち上がって帰宅の準備を始める。
そしてふと僕は玄関先で、振り返るとユージに念を押した。
「そうだ、もう絶対あの動画は再生させるなよ。次再生したら、あの着物の人が出てくるから消したほうがいい」
「おい! 帰り際に変なこと言うのよせよ! 絶対あの動画は再生させねーわ!! 消去する!」
✤✤✤
「リコ、あのさ……タツヤにLINE送ってみたんだけど、全然既読にならないんだ。リコの方から僕のこと伝えてくれる?」
僕は静かな車内で、リコに話し掛けた。ずっと気になっていた事があるからだ。本来なら成竹さんの家で、子猿の頭蓋骨らしきものを持ち帰った、恋人のタツヤの事を一番に心配してしかるべきだろう。アイが行方不明になったのならば尚更だ。
「うん……。実はね、最近あんまりうまくいってないんだ。心霊スポットに行ったからとかじゃなくて、一年前から。良くある話だけど、タツヤが就職先の同期の女の子と浮気しちゃって。一回別れて元さやに戻ったけど……」
「そ、そうなんだ……ごめん」
僕は思わず反射的に謝ってしまった。こんな時こそ、リコがいるのに浮気なんてしやがってあいつ最低だな! とか言ってやればいいのに僕はなんでこう……気が利かないのか。
それはそうとリコみたいに可愛い彼女がいて、浮気する奴の気がしれない。
「タケルくん、気を遣わせてごめんね。実は私もLINEもメールも既読にならないの。ちょっと今日の事もあって心配だから、タケルくんの時間のある時にでも一緒に様子を見に行かない?」
「リコのLINEも既読にならないの? それは気になるな……明日は休みだし、行こうか」
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