プロローグ

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プロローグ

 ……ん?   なんだか凄まじく柔らかい何かが俺の左半身に当たっている感覚がする。例えるなら……駄目だ。寝起きの頭で考えが纏まらない……  しばらく柔らかい感触を味わっていると、『んっ……』というなんとも甘美な声が隣から聞こえてくる。  おや……? なんかエッチな声が聞こえたけど、あれは俺が出したものなのだろうか。否。俺はあんな声音をしていないし、仮にあんな声を俺が出していたらぶん殴られるレベルで気持ち悪いだろう。  となると、誰かがその声を出したことになるが……  事実確認のため、寝ていた頭を若干覚醒させて左の方を見てみる。  気持ちよさそうな顔をしている女性が寝ていた。彼女は、(たちばな)リード。今は俺の眷属(けんぞく)兼メイドだ。 町中を歩けば誰もが振り向くような絶世の美女。ただし、口が悪いので彼女と話すとなると鋼のメンタルを用意する必要がある。  ふむ。普段は見せない顔をしている彼女はかわいいな。いつもそういう顔をして、かつ『ご主人様しゅきしゅき♡』とか言っていれば百点満点なのだが。いや、流石に20歳にもなるリードがそんなこと言っていたら引くわ。やっぱり今の発言はナシでお願いします。  しばらく彼女の寝顔を見た後。俺はもう一度寝ることにする。こういうときは知らぬ存ぜぬという顔をして現実逃避をするのが良い。下手に『何してんだ!』なんて言って起こしてとんでもない勘違いをされたら堪ったもんじゃない。  というわけで、俺は二度寝を決行した。 「きゃあ!」  そんな鼓膜が無くなるようなでかい悲鳴が隣からしたのはしばらくした後だった。  あまりの煩さに頭はすっかり覚醒してしまったが、ここで『やあ』とか言って朝チュンみたいなことになったらややこしーー 「なんで健人様が私のベッドに潜り込んでいるんですか!」 「へぶっ」  糾弾と共に腹パンを食らって俺は吹っ飛んでいった。目を覚ました素振りを見せなくてもどのみち駄目だったらしい。世の中、うまく行かないものだね。 「ちょっと! 家の中で何を暴れまわって……ってリードさん!?」 「ふぁっ!?」  叱責と悲鳴とともに俺の部屋のドアが勢いよく開いた。  ドアをノックなしで開けたのは、フィン・グウィン。俺が最近通い始めた魔王学院高等部で風紀委員をしている。見た目からも規律に厳しそうな子だ。俺は比較的ルールを破るタイプの人間なので、彼女に良く取り締まられている。  そして、そのフィンの後ろで悲鳴を上げたのは、ミネ・クレートフ。彼女は魔王学院の中等部の方に通っている子だ。おどおどしていて小動物みたいな感じで、この三人の中で唯一の癒し、みたいな存在として認識している。  この二人もリードと同じく俺の眷属兼メイドという立場だが、メイド服を着ているのはリードのみだ。 「お、おう……ちょうど良いところにきたな。いやー、リードがな? 目覚めの一発に腹パンをお見舞いしてきたんだよ。風紀委員のフィンさんよ、この暴れん坊のリードさんに注意してくれよ」 「健人様が悪いんですよ! 私の寝込みを襲ってきたんですから! も、もしかして、昨晩何かあったんじゃ……私はそういうことはちゃんと、ムードがあるときでないと……」  珍しくリードが動揺している。それにいつもと口調も違う。  あと、どうやらリードはムードがあればオッケーらしい。よし、記憶しておこう。  しかし、そんなリードの発言のせいでフィンとミネの視線が鋭いものになる。  おいおい、俺よりもリードの発言を信じるのかい。信用ないなー。 「リードの勘違いだ。というかフィンとミネならここが誰の部屋か分かるだろ? 俺の部屋だ。てか、昨日リードが酒を飲んでベロベロになっていたのを二人は見てたじゃん。どちらかと言うと悪いのはリードだろ?」  二人は少し考えていたが、すぐに揃って『そうですね』と俺の意見に賛同してくれた。 「てなわけで、さっきのは不当な暴力だ。それと俺はリードに何もしていないし、寝込みを襲ってきたのであればそれはリードなわけで。どうせ泥酔状態でよくわからない思考が働いて俺の部屋に来たんだろ」    徐々に昨日のことを思い出してきたのか、先程の糾弾するリードの勢いが無くなっていく。それと合わせて徐々に顔が赤くなっていくのが分かった。  おやおやおや。昨日の失態を今更になって恥ずかしがっているのかい? そうなのかい?  といってもそれは無理もない話だ。だって、酔っ払ったリードは、俺が彼女の部屋に連れて行くまで二時間ほど『御主人様、しゅきしゅき♡』と同義のことをずっと言っていたのだから。いやー、キツイっす。二度寝する前にも思ったけど、キツイっす。 「……殴ってしまい申し訳ありませんでした。それと……昨日は介護してくださり……ありがとうございます」  意外と素直に謝罪をしてきた。まあ、頭を下げながら俺のことを見る目が恐ろしいものだったが。てか、謝罪しながら目を見るなよ、怖いじゃないか。 「……酒が悪いんだし、うん……ドンマイ」 「そうですよ、リード。お酒が悪いんですよ」 「よくわからないけど、私もお酒が悪いと思います!」  俺、フィン、ミネがそれぞれフォローを入れる。リードがいよいよ羞恥心に耐えられなくなって居るような気がするが、気にしないでおこう。  俺の名前は、播磨健永(はりまけんと)。  ついこの前までは会社に通っていたサラリーマンだった。でも、今ではご覧のように、メイド兼眷属である三人と暮らすいかにもリア充みたいな感じになっている。  ……寝起きで腹パンされるリア充って何だ?  まあ、そんな俺でも成し遂げなくてはならないことがある。それは魔王学院高等部に通い、魔王になるということだ。ほかの魔王候補生は俺よりも遥かに強く、正直に言って今のままでは勝ち目はないだろう。  でも。それでも魔王候補生として、そして彼女たちの主人として弱音は吐けない。これは彼女たちの将来に関わってくる話でもあるのだ。それに、もし魔王になれたら「ハーレム」というものを俺でも築けるかもしれない。うへへへへ、夢が広がるなぁ〜!  おっと、話が逸れた。まあ、つまりはなんだ。魔王候補生となった俺は、魔王になるために日々頑張っているというわけだ。  未だに俺のことを恐ろしい目で見続けてくるリードを横目にそんなことを考える新米魔王候補生であった。  
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