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13
顔に布袋を被せられ、目の前は真っ暗になり意識がなくなった。
「須藤健一、須藤健一……」
誰かが名前を呼んでくる。須藤健一、誰の名前だ。山田は重い瞼を開いて、ぼやけた視界を捉えた。頭がひどくぼうっとする。
「けーんちゃん」
はっきりと聞き取れる声に目を開けると、目の前には前澤花がいた。
「お目覚めだね。どう?調子は」
からっと明るい声だった。山田は重い頭を揺らし、周りを眺めた。広い天井にはシャンデリアがぶら下がっており、部屋には豪華なインテリアが飾られていた。前澤花はサテンの、ワインレッドの色をしたドレスを身に纏っており、真っ直ぐ奥に目を向けると、顔に麻袋を被せられた男らしき人物が車椅子に座り蠢いていた。何か言葉にならない声を発している。山田は全身が疲れきっていて声が出せなかった。
「ああ、この人?」と、花は車椅子の人を見て言った。
「この人は……須藤健一だよ」
そうして花は車椅子の方へ歩いていくと、麻袋を取った。その人の顔は蝋燭のように溶けていた。しかしその人は、ガタガタと体を動かしていた。そうするしかなかったのは、手と足が拘束されていたからだ。それを見て、山田自身も拘束されている事に気がついた。
「私ね、恋をしているの。芸術に。だから恋人の健ちゃん……ああこっちの健ちゃんの事だよ。に、協力してほしくて。普通のデートをして私に恋をする表情や、喜ぶ表情。それから欲望に歪んでいく表情。全部描いていったの。でも全然それじゃあ完璧じゃなかったから、監禁して絶望する表情や葛藤、怒りなんかも描いて……最後のはまだ描いてないんだけど、ようやく代わりが見つかったから」
花はふふふっと笑った。
「健ちゃんったら、もう殺してくれって言うもんだから、代わりをどうやって探そうと思ったらあの方法を思いついたの。楽しかったよ、あなたとのデート」
山田は花の言う言葉に混乱して、理解できずにいた。体はずっと重たく気怠いままだ。何かの薬を飲まされたのかもしれない。
「一人で準備するのは大変だったから、鷲頭に頼んで少しは協力してもらったけど」
と、花が顔を向けた方には、白髪混じりの男が立っていた。どこかで見た事あるような顔だと思ったら、あの運転手だった。
「それじゃあ、これからあなたに須藤健一のさいごを渡すからね」
彼女はそう言って、サイドテーブルのキャスターを転がし、須藤健一の傍に立つと、テーブルの上の布を取り、医療用の器具がずらりと並ぶ中から注射器を手に持った。やめろ!!山田は必至で頭の中で叫んだが、声には出せなかった。須藤健一は両目が飛び出しそうな位開いて、大きく震え出した。彼女は、須藤健一の首筋に針を刺した。液体がどんどん彼の中に入っていくと、須藤健一は暫く痙攣をした後、泡を吹いて項垂れた。
山田は何とかその場から逃れようと必至に言うことの聞かない体を揺らした。花は微笑みながら山田にゆっくりと近づくと耳に唇を寄せて、低く呟いた。
「返品不可って言っただろ」
それからころっと、いつもの懐っこい笑顔を浮かべて。
「よろしくね、健ちゃん」
と言った。
絶望で、頭の中が真っ白になっていった。俺の人生を返してくれ。人生を――。山田の願いは誰にも通じる事はなかった。
数カ月後。渋谷のハチ公前で二人の女子高生達が、例のアプリサイトを開いていた。
「ねえ、このグッズ超欲しかったんだけど。300円で買えるんだって。超安くない?」
「え?うそ。やすっ」
「買っちゃおうかな」
「いいんじゃない?」
「あ、ねえ何これ。面白いんだけど」
「ん?」
「ボクの明日売ります、だって。馬鹿らしい」
「あはは、本当だ。こんなの買う人いるのかな」
「いないでしょ。他人の明日なんていらないもん」
「そうだね、別にいらないね」
「明日、トモコ達も呼んでカラオケ行こうぜ」
「行く行く!」
女子高生はスマホアプリをそっと閉じ、二人の笑い声は都会の片隅で響いた。
終
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