フリマアプリ

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フリマアプリ

28歳にもなって……。人は分かりやすく口には出さないが、山田の耳にはありとあらゆる雑音が聞こえた。毎日は不安も不満もない。ただ呆然と毎日を生きるだけ。 バイトが終わったのは23時だった。自転車で5分転がした先に見慣れたボロアパートが佇んでいる。一階の部屋の鍵を開けて中へ転がった。 床に仰向けになって、ふうと大きく息を吐く。湿気た木の天井に出来た、人型の染みをぼんやり見つめる。暇だ。恋人もいない、友達もいない。それなのに孤独が首を絞めてくるような事もない。まるで蝿のようだった。生きる為だけに、羽根をばたつかせて味の分からない飯を食らう。 顔も体型も平均的だし、出会いの場にさえ行けばいい所まで行くだろう。しかしそれは妄想内だけでの話だ。現実では28歳のフリーアルバイターと好き好んで付き合ってくれる女性など存在しない。ましてや、人生を分かち合ってくれるそんな奇特な女性もいない。 しかも、そんな自分に限って健康なのだ。胃も痛くならなければ、大きな病気や怪我もしない。さては病原菌にまで避けられているのだろうか、そんな気がする。とにかく山田は今退屈で退屈で仕方がなかった。 山田は通知の鳴らないスマホを手にとって、画面を叩いた。開いたのはいつも趣味で覗くフリマアプリだった。山田にとって、他人のいらなくなったものを見るのはちょっとした愉快な遊びだった。他人の人生においていらなくなったものが、他の人間にとって必要なものになる。そのからくりが面白かった。中には、何故こんなものを売ろうと思ったのか、というものまである。 例えば蝉の抜け殻だとか、ピンポン玉だとか、カップラーメンの蓋だとか、平成の空気だとか……。ネタなのか本気なのかさえ分からぬ代物も売られている。山田はそういったもの達を眺めるのが、一番の退屈しのぎとなっていた。それにこの方法は妄想で物欲を誤魔化す事も出来る。それを買った自分を想像し、それのある生活を思い浮かべる。そうしていると途端に幸福感に満ち、微笑が浮かんでくるのであった。  画面いっぱいに、鮮やかな日常の切れ端達が浮かぶ。マグカップ、ギターのピック、古着のワンピース、CD、本、グッズ。 「面白いもの、面白いもの」 山田は呪文のように唱えた。すると、ある出品物に興味が惹かれた。それは段ボールに黒のマジックで「僕の明日」と書かれていた。 こいつは面白い。そう思って値段を見てみると、僕の明日は500円で売られていた。多分誰かのイタズラだろう。指でタッチし、詳細を開いてみる。 「僕の明日、売ります」 *新品未使用 商品の説明  僕の明日をあなたにあげます。これを購入すればあなたは他人の人生を歩む事ができます。貴方の家に、明日生きるはずだった僕の一日を贈ります。 平凡で退屈な毎日にちょっとした刺激をプラスしてみませんか?
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