11

1/1
前へ
/13ページ
次へ

11

その文章を読んでも、何だか胸が気持ち悪くて仕方なかった。だが段々と冷静になってくると、山田はこの金の使いみちについて考えるようになっていた。その時、山田の手の中でスマホが振動し、思わず落としそうになった。画面には見知らぬ番号が表示されている。 「もし、もし……」 恐る恐る声をかけてみる。 「もしもし、健ちゃん?」 「何だ、花か。びっくりした」 顔を見なくても伝わる朗らかな声に、山田は安堵の息をつく。 「何でこの番号を?」 「え?だって私達、恋人だよ。恋人なら番号を知ってるに決まってるでしょ」 そうだ、商品を購入したら出品者に電話番号も開示されるのだ。 「そうだね。ごめん変な事を言って」 「ううん大丈夫。ねえ、今週の土曜日空いてる?デートしない?たまには二人きりでゆっくりしたいな」 花の口振りは、少し色を孕んでいた。バイトが……と言おうとして、山田の視線の先に大金が映る。もうバイトなど行かなくていいのだ。このお金でしばらくの間は遊べるだろう。 「いいよ。素敵なホテルを予約しておくから」 彼女は電話越しで心底喜んでいた。山田も彼女の嬉しそうな様子に、すっかり不安がかき消されていった。電話を切って一人呟いた。 「大丈夫だ。何とかなる。これは僕の人生だ。僕の人生だ」 美容室で流行の髪型にして貰い、彼女へ洋服や薔薇を買った。最上階のスイートは異世界のようで心地が良かった。週末はほとんど彼女と過ごした。山田の時の生活が嘘のように過ぎていった。あの人生は偽物で、本来の人生がこっちなのだ。人生は楽しまなくてはならない。金さえあれば人生は謳歌出来る。そう思った。免許を取って車を買い、彼女と高速をドライブ。QUEENのᎷade In Heavenを流した。文字通りの人生だ。全てから祝福されている気分。テールランプがチカチカと、こっちの世界へようこそと誘っているように見えた。 山田がある夜、一人でドライブを楽しもうとした時、サイドミラーに映った自分を見て言った。 「俺は須藤健一だ」 ただ、甘い生活を送り続けるには金が必要だった。実は度重なる出費のお陰で、トランクの金が尽きようとしてきている事に気づいていた。内心は焦っていたが、山田は素知らぬふりをしていた。そしてとうとう、トランクの中の金が残り僅かになっていくと、事の重大さを実感した。 「これはやばいぞ。これじゃあ人生を楽しめないじゃないか」 そこで山田はスマホを取り出し、久しぶりにアプリを起動した。例の出品者とは最後の取り引き以来、音沙汰がない。というより、気にかけていなかった。山田は取り引きメールに愚痴を書くつもりだった。このままじゃ甘い人生が終わってしまう。どうにかしてくれ、と。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加