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「えっと、じゃあ……もう」 山田は気まずそうな声を出して、別れを濁した。 「うん。急なのにありがとう。楽しかった」 「こちらこそ。あ、コーラご馳走様」 「いいの、気にしないで。じゃあ私向こうだから。また」 案外あっさりと花は背を向けたので、山田は拍子抜けした。一応何も無くて良かった。そんな安堵感と、少しばかりの落胆を携え帰り路へ踏み出した。 「待って!忘れ物」 振り返ると、花がこちらへ駆け寄り、至近距離で止まると、背伸びをして唇へ軽いキスを施した。それからはにかんで、緩く手を振ってから走り去っていった。ぼんやりと残る柔らかく湿った感触を指で触れて、その背中をどこまでも見守った。 引き留めようかと喉から名前が出かけて、自分が須藤健一ではない事に気づいた。彼女が消えてからも、山田の頭は彼女の事でいっぱいだった。 その日の夜、例のアプリから連絡メッセージが送られてきた。 ボクの明日はいかがでしたか?よろしければこの商品の評価をよろしくお願いします。 山田は評価の欄を開いた。ボタンを押す指は彷徨った。何を書けばいいのか。今思うと終始疑って楽しむ事が出来ず勿体無い事をした。 いきなりあんな事が起きて満足に楽しむ事が出来なかった。もっと楽しめばよかったと後悔してる。また彼女に会いたい。 最後の一文は無意識に打っていて、すぐに消した。送信ボタンをタップする。 取り引き終了。その表示を見た途端、急激に気持ちが冷めていった。今まで無自覚に過ごそうとしていた、孤独という存在が急にはっきりと目に見えるようになった。目を瞑って忘れようとしても、寂しさは心臓を締め付ける。 もう一度だけ。利用するのはどうだろう。もう一度位ならいいのではないだろうか。もう一度利用したらきっぱりと忘れる。500円位、缶コーヒーを5杯分我慢すればいい話だ。 アプリを開いて、履歴からあの出品者のリンクへと飛んで、他の出品を覗いてみる。 「あ、あった」 そこには例によって、段ボールにボクの明日と書かれている出品があった。迷いもなく押すと、金額は700円になっていた。 「700円……」 微妙な金額だ。コンビニバイト風情が、ほいと出せる金額ではなかった。しかし昨日の事を考えると、700円位なら安い気もする。結局山田は購入ボタンを押した。商品が届くまでの間は味気ない生活を送るが、山田の心は随分といきいきしていた。商品が届いたのは三日後の事だった。届いた段ボールを早速開いてみた。底の方に指示カードが一枚。それから小さな箱が一つあった。 「何だこれ」 山田はとりあえず指示カードを開封して読む事にした。 指示カード この度はボクの明日をご購入頂きましてありがとうございます。前回の商品はいかがだったでしょうか?今回は段ボールの中にもう一つ箱が入っていると思いますが、まだ開けないで下さい。それは貴方のタイミングで彼女に渡して下さい。 明日の15時に、貴方の家の前に黒い車が停まります。貴方はそれに乗って指定された場所へ向かうのです。安心して下さい。貴方は素敵な一日を過ごす事でしょう。 それでは、お楽しみ下さいませ。 追伸 今回も須藤健一として生きるのをお忘れなく。
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