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「迎えの車が来るのか」 いよいよ怪しくなってきた。車で変な所に連れて行かれたら今度こそお終いだ。だが山田は行く気満々だった。恐らく出品者に悪意はない気がする。当てずっぽうだが、この出品者は自分と同じ類の人間だ。退屈で、死を考える程でもない毎日。同じ孤独の匂いがした。 小さな箱の中身が気になったが、開けないように我慢した。明日は普通に仕事があったので、誰かに代わりを頼もうとしたが断られた。だから嘘をついて休む事にした。身内に不幸があって行けません。申し訳ございません、と。 今回は700円も支払ったし、きっとこの前よりもオイシイ思いが出来る。そう山田は信じていた。寝る時は明日の事を考えた。妄想の中で須藤健一になりきる練習をしていたら、あの子とキスをする夢を見た。一晩中、いや朝方からもニヤついて過ごした。 髪型を整え、前よりも少しだけいい服を着た。赤のチェックのシャツに、ベージュのチノパン。山田にとってはとっておきのオシャレだった。念入りに鏡を見て髪型も表情も何度も整えた。 指示された時間通りにアパートの玄関から顔を出してみると、やはり黒い車が停まっている。山田は急いで降りて行くと、車の後部座席の扉が勝手に開いた。まるでタクシーのようだ。車に乗り込み扉を閉めた。途端に不安感がこみ上げてくるのを、噛み締めた唇で誤魔化す。 「あの……貴方は須藤健一さんですか?」 運転手は白髪混ざりの初老の男だった。 「それとも、貴方も須藤健一さんに雇われてるんですか?」 運転手はどちらとも答えなかった。その代わりに何分か経ってから、 「須藤様、今日はデートなんでしょう。とても素晴らしい事です」 と微笑み混じりに言った。 そうだ。今自分は須藤健一として生きなくてはならないのだ。山田は咳払いをした。 「ま、まあな。安全運転で行けよ」 「はい、かしこまりました」 上手い事やっているもんだ。一切のヘマも見せたりしない。山田はそう思いながら、滅多に乗らない車の窓の景色を眺めた。車は高速へ乗って走っていき、途中パーキングエリアを挟んでまた出発した。およそ二時間の走行でついたのはお台場だった。 「須藤様。こちらをどうぞ」 運転手は山田に一枚のカードを手渡した。指示カードだ。車から降りてすぐに手渡された指示カードを読んだ。 指示カード お台場海浜公園展望デッキ。 とだけ書かれている。そこに彼女がいるのだろうか。山田は指示された場所ヘ向かった。時刻は既に17時を回っており景色は、オレンジから紺色を纏おうとしている所で、都会の町並みがはっきりとライトを帯び出していた。子供の頃に、ビルの灯り達を見てパレードだ!と叫んだ事があったのを思い出した。大人になってみると、何と大した事のない、俗っぽい灯りなのだろうと山田は思った。あの光一つ一つが誰かの人生なのだ。そう考えると星よりも明るいのは当然の事だ。
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