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都会を眺めていると、肩を叩かれた。顔半分を灯りでくっきりと照らした前澤花がいた。彼女の顔を見た途端にほっとした。それに今日の彼女はこの前よりも可愛く見えた。紺の花柄のワンピースが、夜の街に似合っている。 「健ちゃんごめんね、待った?」 「ううん、待ってないよ」 「じゃあ行こっか」 花は山田の手を握った。その時、甘く柔らかい香りが鼻先を掠めた。香水だろうか、と考えた。どちらにせよ、その匂いの手の温もりのお陰で、山田は一気に花の事でいっぱいになった。 「どこに行くの?」 「とっても素敵なところ」 花が言った通り辿り着いた店は、おおよそ山田には贅沢すぎる位に綺麗なレストランだった。店員に案内をされ、海の見えるテラス席へ二人して腰をかけた。潮風が心地よかった。 「綺麗だ。こんな店いいのかな」 「ふふ。気に入った?もちろん。健ちゃんとずっと来たかったの」 店員が二人分のコップを運んできた時に、花は手際よく注文をした。山田は無意識に肩を窄めた。店員がこっちを向いて、なんて似合わないカップルだ。と言っているような気がしたからだ。 それからシャンパンが運ばれてきた。グラスに光る泡が眩しかったが、それよりも目の前にいる花の方が眩しく見える。乾杯をしてくっと飲み込むと、程よい刺激が口の中に広がり、それだけで積極的になれそうだった。山田は指示カードと共に送られてきた小さな箱の存在を思い出し、彼女の手前へと差し出した。 「これ」 「何?これ。もしかしてプレゼント?」 問われても頷けなかった。自分もこの箱の中身は知らないのだ。 「開けてみて」 「ありがとう。何だろう」 花は笑顔のまま小さな箱の小綺麗な包を剥がして、中を開けた。その瞬間、花の瞳がきらりと輝いた。 「あ、これ!」 それは小ぶりのダイヤが一つあしらわれている細身のネックレスだった。 「私がずっと欲しかったやつ。ありがとう」 「ううん。花がずっと欲しがってたからさ」 咄嗟に、須藤健一が言いそうな台詞を吐いた。 「つけてみるね」 細く白い首にシルバーが輝いた。それだけで格段に彼女の表情が映えた。 「嬉しい。本当にありがとう。健ちゃん大好きだよ」 「俺も花の事が大好きだよ」 レストランを後にすると、展望デッキを歩いて夜景を堪能した。山田は確実に花への好意を自覚していた。だが自分は本当の須藤健一ではない。さよならをすればまた、普段の何の刺激もない生活に戻るのだ。 フェンスに二人して前のめりに寄りかかって話していると、山田は言いづらそうに切り出した。 「ねえ、花」 「何?」 「俺が須藤健一じゃなかったとしても好き?」 「何言ってるの。健ちゃんは健ちゃんじゃない」 「それ、演技なんだろ?もしも演技ならいっその事本当の事を言ってくれ。そうじゃないと俺は君の事本気になりそうで怖いんだ」 花は眉を寄せて、心配そうに見つめていた。変な事を言ってしまったと後悔し唇を結ぶ。すると、花は山田の体をぎゅっと抱きしめた。
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