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「私、あなたが好き。だけどそれはまだ駄目なの」
「どうして」
「とにかく、まだ駄目なの」
「そうか。ごめん、出しゃばって。俺は花といられるなら何でもいい。こんな贅沢、普通なら出来る事じゃないし」
「まだ完璧じゃない」
彼女がぽそりとそう呟いたのが聞こえた。山田はえっと彼女の顔を見たが、花はいつも通り少女の笑顔を浮かべていた。
「また会えるでしょう?今日は楽しかった。それから、このネックレスありがとう」
「う……うん」
胸元を主張するネックレスと笑顔が、都会の景色の光と同じに見えた。山田は気にしないように返事をした。
「ねえ、キスして」
「え?」
そう言って彼女は瞳を閉じてキスを待った。山田はゆっくりと彼女と唇を重ねた。彼女といると心臓の音ばかり聞こえて、あまり雑音が聞こえなかった。だから花といるこの時間は山田にとって一番居心地のいい時間だった。ずっと須藤健一の人生だったらいいのに。山田はそう思った。
翌日、昼のバイトに行く気になれなかった。700円ぽっちであんな美味しい一日を過ごしたのだ。段々山田自身の人生が偽物なのではないかと思えてくる。重い腰を動かしてバイトに行くも上の空で、店長からは最近たるんでいるのではないかと叱られた。仕事上のミスも多くなっていた。
バイトの休憩中、スマホを覗いてみると通知がきていた。
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「い、一万円!?」
山田はつい叫んでしまい、人がいないかきょろきょろと辺りを見渡した。端っこでうずくまり、もう一度商品を確認する。
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山田は新しい人生を夢見ていた。高いスーツを身に纏い、高級車に乗り回し、あの子を引き連れ、最上階のビルで夜景を眺めながら美味しいワインで乾杯をする。
「悪くないな」
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